「いい?この学校に限らず、日本の大抵の学校や企業では屋上はいつも非常時以外は施錠されているの。理由は主に自殺防止ね。」
「今回は危うくそれをされそうになったけどな。で?」
「あなたが階段を降りる時、私の指示通り、邪魔が入らないように扉を内側から落ちていた南京錠で施錠したでしょう?その時に違和感に気付かなかったの?」
「あっ……そうか……」
「そう。私たちが屋上に来た時にはすでに扉は開いていた。でもそれはなぜ?答えは、この子が南京錠を開錠したからよ。そしてこの子が、強盗団が使うピッキングの技術を知っているとは思えない。だとすると、職員室か、守衛室か、あるいはその両方に白昼堂々と侵入してカギを盗み出したのよ。……超速移動能力を使って、ね」
「なるほどなあ~。だから誰にも気付かれずに屋上に出られたのか。」
「あなた、その可愛らしい顔のパラメーターを、脳のIQにまわしたほうが良いわよ?」
「うるせー!!余計なお世話だ!!」
「それでね、この子の頭を覗いた時に、ついでだから盗もうとした本の記憶も読み取っておいたわ。表紙では、漫画風の二人の男のキャラクターが、なぜか二人とも裸で抱き合っていたの。」
記憶をたどるように、こめかみに指を当てながらめぐりは続ける。
「それで、タイトルの方ははっきりとは読み取れなかったんだけれど……働く男の……ナントカ特集……とかって書いてあったわ。これってどういう本か分かる?」
「ああ~っ!!そういう事か……まあそんなのを好きな男子に見られちゃ、確かに死にたくなる気持ちも分からなくは無いな……」
「ねえ、だから何なのよ!」
「だからさ、いわゆる“BL本”ってやつだよ。……って言うか、お前知らないの?意外と世間知らずなんだな。」
「一人の少女を万引きに走らせるわ、自殺未遂に追い込むわ、その“びーえる本”とやらはなかなかに興味深いわね。」
「本屋に行けばいくらでも売ってるから、興味あるなら買ってみれば?俺は読まんけど。ところでこいつ、どうする?」
「そうね……本来なら、警察か生活指導の教師に引き渡すのが筋なんでしょうけど、並みの人間にこの子が扱えるとは、とても思えない。私が責任もって正しい方向に導いてやるしかなさそうね。」
それを聞いた真がにこっと微笑む。
「相変わらず上から目線だけど、それって要は友達になってやるってことだよな?おまえって普段何考えてるか分からないけど、やっぱり根は良い奴なんだな。」
「は?何言ってるの?」
「……え?」
めぐりの予想外の反応に、真は驚く。
「じゃあ、なんで――」
「言ってなかったかも知れないけど、私には野望があるの。」
「……野望?」
初めて聞いた単語に、真は驚きを隠せないでいた。
「ええ。卒業までにこの学園の女王――つまり、『生徒会長』に上り詰め、学内のあらゆる権力を掌握するのよ!」
胸を張り、高らかに宣言するめぐり。
彼女は更に続ける。
「でも、私がいかに優秀で、この左腕に能力が宿っていようが、私一人の力だけでは確実に勝ち取るのは難しいわ。私の野望を成就せしめる為には、部下が必要なのよ。使える手駒が、ね」
「えーと……それじゃ、お前がこの子を助けたのって……」
「ええ。私の野望成就に協力する手駒になってもらうわ」
「まじか」
「ええ、本気よ。まず、私のこのたぐいまれな知性! そしてサイコメトリー能力!」
ピシっと、スーパー戦隊シリーズのような決めポーズを決めるめぐり。
「次に真!」
続いて、真を指差し続ける。
「あなたのその愛くるしい美貌!そして私の指示を達成する雑務処理能力!」
「つまり雑用係ってことかよ!というか美貌ってなんだ美貌って!」
「そしてこの子の超速移動能力! これらの武器を有効に活かせば、かならず私たちは会長・副会長・書記の“三役”を独占できるはずよ!」
そんなめぐりの宣言に、真は深いため息をつきながらかぶりを振る。
「やっぱり、お前もたいがい中二病だよ……。いいか?それこそマンガやアニメと違って、リアルの生徒会はやたらやる事が多くて気苦労が多い割に、権力なんざ皆無。メリットと言えば大学入試の時に推薦を貰いやすいくらいしか無いらしいぜ?俺はゴメンだな」
「フンッ!自分で確かめもせずに、人から聞いた話ですべてを知った気になるのは、成長を諦めたということよ。愚民のすることね」
「いやいや!荒唐無稽な妄想繰り広げるやつも愚民だろ!」
「あ……あの……この状況は、一体……あなた達は、誰ですか……?」
いつの間にか目を覚ましていたおさげ少女が、不毛な言い争いをしている二人におずおずと尋ねる。
「もう少し気絶していなさい!あとで説明するわ!」
「もう少し気絶してろ!あとで説明するから!」
「ひ、ひどいっ!?」
二人の言葉に、おさげ少女は目の端涙を浮かべる。
少女は、自分が学園の政権奪取をもくろむグループの一員として、勝手に仲間に組み込まれたことを、まだ知る由もなかったのであった。
<終わり。次のエピソードに続く。>
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。