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第1話

チャプター1
154
2022/08/18 12:42
「私のこの左腕に宿る超能力、貴方も味わってみない?」



 夕日が差し込む放課後の教室。机の上に腰掛けながら、宿星(やどりほし)めぐりはそう語った。

 彼女は今年、この学校の高等部に進学してまだ間もない、今風の言葉でいうところのJK……一般的には、いわゆる「女子高生」と呼ばれる存在だ。



 そして一般的と言えば、この世の中には何らかの理由でその身体にイレギュラーな何かを背負ってしまった「身体障碍者」と呼ばれるカテゴリーに属する人々が、少なからず存在する。

 彼女もまた、そのうちの一人であった。

 すらりとした170センチ近い長身に、その背中を覆うほどの美しい艶を放つ黒のロングヘアーを垂らし、やや鋭い目つきを持ち、普段は無表情という仮面を好んでその顔に張り付けているので、ともすれば少し冷酷な印象を見る者に与えてしまうが、その整った目鼻立ちにより一応美女、もしくは美少女と呼んで差支えない顔立ちをしている。

 スカートから細く伸びた脚は、黒いタイツも相まって妙に色っぽい。それらだけを見るならば、学校のちょっとしたアイドル的な存在になっていても不思議では無いだろう。



 しかし、彼女の制服の左の袖口からのぞく、その手は……一応目立たぬよう明るいベージュ色をしてはいるが、どう見ても人間の肌を持ったそれでは無かった。



 彼女の本来の肉体の一部である左腕は、一年ほど前に遭遇したある事故によりその肘から先10センチほどを残して欠損し、前腕部と手は、存在していなかった。



 そして彼女はそれにより起こる様々な不便……それと周囲からの奇異の目を軽減する為、自宅の外に出る際はいつも「前腕義手」、……さらにそのなかでも、重量物を保持したり何らかの作業をこなす事よりも、もっぱら見た目の違和感に対処する意味合いが強い「装飾義手」にカテゴライズされるものを、その左腕に装着していた。

 前述したように彼女の容姿は、ただでさえそのどこか品のある美しさと同時にある種の「ミステリアスな雰囲気」を放っているのであるが、どうしても目立ってしまう左腕はさらにそれに拍車をかける。彼女自身の美貌とは関係無しに。

 そのおかげで、休み時間等に好んで積極的に彼女に話しかけるクラスメイトは、異性はもちろん同性ですらも普段あまり見受けられなかった。



 そしてその様子を見て、彼女の真向かいに座っている男子高校生、真中真まなか まことは嘆息を漏らす。

「……なんだよ、超能力って」



 めぐりほどでは無いが、この椅子に座って頬杖をつくこの少年も、他の男子生徒とは少し異なった容姿を持っていた。

 まず目に付くのはその身長だ。今の座った状態であっても、人並み外れて小柄であることが分かる。この年齢の男子の平均的身長は約168センチ前後であるとされているが、真中真はそれより20センチ近く低い、150程度しかなかった。

 目立つのは身長だけでは無い。

 もう十五だと言うのにいまだ声変わりを迎えておらず、その色白の顔にはパッチリとした大きな目が並び、そこから生える長いまつ毛とそして低身長により、まるで女子……と言うか、童顔であることも手伝って、下手すれば中学生くらいのショートカットの女の子が自分の兄の学ランを引っ張り出し、着ているようにすら見えるのであった。

 一応本人も自らの、男としてはあまりにも威厳の無い可愛らしい容姿を気にしているのか、校則が比較的寛容なのを良いことに髪を精一杯明るく染め、一丁前に制服の前のボタンは全部外し、そしてあまり自分からは笑顔を見せようとせず、努めてムスッとした表情を作るよう心掛けているのではあるが、……しかしそれでも、ふとした拍子に教室で固まっている女子グループから沸き起こる、

 

「キャーッ!」

「真中くーん!!」

「今日もカワイイよ~!!」



 等と言う黄色い歓声を聞くたびに彼は、なんとも言いようのない虚しさを感じずには居られなかった。



 そして決まってそんな時に聞こえてくる、凡人には近づき難い美少女、宿星めぐりの「フンッ……」と小さく鼻で笑う声と、馬鹿にしたような冷たい笑顔もまた、彼の荒んだ心に追い打ちを掛けるのであった。



 しかしなぜかその一方で、真自身には理解し難い事に、めぐり本人は彼の事を気に入っているらしく、……あるいは群衆からスピンアウトした者同士という事で親近感を感じているのか……いずれかの理由で、駄弁り半分、そしてあとは冒頭にあるようなからかい半分と言った感じで、彼女の数少ない、と言うより恐らくたった一人の「友人」というポジションを、同じクラスになった時以来、彼は不本意ながら有り難く頂戴しているのであった。



「この『創造されし魔の左腕』は、触れた物を永久の闇へと葬り去る力があるのよ」

「んなアホな……」

「あら、試してみる?」

 めぐりは不敵な笑みを浮かべると、真の頭をその左腕で撫でた。

 シリコンゴムで表面を覆われたその人工の腕からは、当然、人間特有の温かみは感じられない。

「どう? 永久の闇へと葬り去られた?」

「全くもって葬られる気がしないな」

「そ。残念」

 ちっとも残念そうな顔を見せず、めぐりは義手を真から離す。

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