数学準備室のドアを開け、先生の前に姿を現すと、先生は少し驚いたような顔をした。
先生が目を見開く。
そして、その目をスッと細め、「……それで?」と先を促してきた。
心臓のあたりの服をきゅっと握りしめる。
声が震えた。目頭が熱くなって、大好きな顔がぼやけてくる。
浮気じゃないよって言ってほしい。
先生以外の人にドキドキしたくない。
先生だけが、好きなんです。
――呆れないで。捨てないで。
コーヒーカップを乗せたソーサーをテーブル奥へと遠ざけて、先生が私を呼ぶ。
私はその通りに歩み寄って、先生の足の間に膝をついて先生に抱きついた。
私の背と後頭部に手を回し、軽く抱き寄せた先生が問うてくる。
先生に言ってほしいことなんて山ほどあるけど、先生の腕の中にいて浮かんだ言葉は、一つしかなかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!