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第1話

プロローグ
871
2023/09/06 07:47
むかしむかし、あるところに、偉大な魔術師様がいました。





魔術師様は、王宮のある首都から少し外れた森の中、アザレアの花が咲き乱れる野原にいました。
魔術師様には似つかわしくないと思ってしまう、小さな木の家に住んでいました。

周りのみんながもっと大きくて立派な家に住むといいと勧めても、『僕はここでいいよ。なんだかここは落ち着くんだ。』。そう言って微笑むだけでした。






魔術師様は、他の人なんかより、とてもたくさんの魔力を持っていました。
本当にたくさんの魔力を持っていました。


ですから、魔術師様は“記憶屋”を営んでいらっしゃいました。

記憶というものは、私たちには想像もできないほど繊細であるそうで、その魔術師様でなくては扱えませんでした。
下手に扱えば記憶は暴走し、形を保てなくなるのだそうです。

ですのに、魔術師様ときたらそれをいとも簡単にやってしまわれるのですから、私たちも「ああ、魔術師様だ」と思ってしまうのですよ。




さて、“記憶屋”とはいったい何のお店なのでしょうか。

それは、その名の通り、記憶を操作するお店です。

嫌で嫌で仕方のないような記憶を取り除き、忘れさせることができたり、逆に、一生叶わないであろう身の丈に余る夢を束の間現実のものにすることができるのです。


『記憶を消してもらいたい』と言って魔術師様のもとにやってくるお客様はごく稀でありましたけれども、反対に、『夢を見せてくれ』、そう言って魔術師様のもとを訪れるお客様はたびたびおられました。

舞踏会や賭け事、ブティックなど平民には到底行けないような場所に行った気分になれるのです。
あくまでも、夢、なのですけれども。


“記憶屋”は、昔でこそとても人気がありましたが、少し時間が経ちますと、皆うさん臭いと言って行きたがりませんでした。
“記憶屋”など噂話だと言われるほどに。












































ブラッド
んん、、、。
カーテンの隙間から漏れる太陽の光で僕は目を覚ました。

昼の光だった。
ブラッド
もう昼か、、、。
ひとり暮らしだから関係ないよね。
そう開き直ると、とりあえず水でも飲もうかと体を起こした。


まだ眠りから覚めたばかりで、頭はふわふわとしているけれど、それもまた心地いい。











コンコン。


僕が上機嫌でキッチンへ向かおうというところで玄関のドアがノックされた。



ブラッド
はーい。
お客さん?
ドアを開けると一人の少女が立っていた。



歳は17歳、いや18歳程度だろうか。

黒髪に淡い赤の瞳を持った美しい少女だった。
体格はやや小柄で小動物のような娘だったが、対照的に瞳に宿った光は力強く、芯の強さを感じさせた。
少女
ごめんください。
ブラッド
構わないよ。
何か用かい?
少女
私をここで匿って頂けませんか。
ブラッド
、、、ん?
何を言っているんだろうこの少女は。


誰かから追われているのか?

それとも単に、帰る場所がないのだろうか。




だが、この少女は割にきれいな服を着ているし、指先まで手入れされているようだった。
少女
私、記憶喪失なの。
助けていただけませんか?
少女
私、あそこの木の近くに倒れていたの。
少女は振り返って気を指さした。


僕の家のすぐ近くにはえている木だった。
少女
それで、あなたのお家が見えたものだから。
、、、ごめんなさい。迷惑ですよね。
ブラッド
いや、事情は分かったよ。
ブラッド
君、名前は?
ブラッド
名前は魂に刻まれる契約。
覚えてないとは言わせないよ?
少女
覚えてるわ。
ローズよ。
ブラッド
ローズ嬢ね。
ローズ
ローズで結構よ。
私も敬語を崩しているもの。
ブラッド
じゃあローズ。
記憶が戻るまでここに住むといいよ。
少し緊張気味にそう答えた。

何か目的があるのだろうか。


僕の疑いの目に気付いたのか気付いていないのかローズは僕に満面の笑みを見せた。
ローズ
いいの?
ありがとう。感謝するわ。
ローズ
それで、あなたは?
ブラッド
ああ、僕の紹介がまだだったね。
僕の名前はブラッド。
村のはずれの森奥で記憶屋をやってる。
っていっても客はほとんど来ないけど。
ブラッド
これからよろしく、ローズ。
ローズ
こちらこそ、ブラッド。
かくして、僕とローズの奇妙な2人暮らしが始まった。

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