第3話

偉大なる魔術師様と困惑の少女
275
2022/09/07 06:45


ブラッドが右手の人差し指を左右に軽く振ると、やわらかい風が彼と私の周りに起こり、無造作に散らばっていた雑貨がまるで命を吹き込まれたかのように元来あったであろう場所へ戻った。



ローズ
、、、何が起こったの?
ブラッドは少し勝ち誇ったように、いたずらっぽく笑った。
ブラッド
ははっ、どう?
君を驚かせたくて待ってたんだ。
ローズ
どう?、じゃないわよ。
なんなの、これ?
魔法?
ブラッド
ご名答~!
僕、実は魔術師なんだ。
それも結構偉いね。
ローズ
、、、魔術師?
ブラッド
あれ、魔術師のことも忘れちゃった?
ローズ
ええ、、と、魔法を、、使う人のことかしら?
ブラッド
ざっくりだね。
まあ合ってるよ。
ブラッド
でも君は、魔法の存在は分かっていたようだから、この世界の人間ではあるんだろうね。
ローズ
そりゃあそうでしょ。
私がどこかから召喚されてきたとでも言いたいの?
ブラッド
そういう人も、僕は知ってる。
とにかく、君はゆっくり記憶を取り戻していけばいいさ。
ローズ
じゃあついでに聞くけど、記憶屋って何?
あなたの家の前に看板も何もなかったけれど?
ブラッド
それはその名の通り、記憶を扱うお店だよ。
昔は結構流行ってたんだけど、今はもう廃れてしまってね。
ここに来る人はほとんどいないよ。
ローズ
、、、そう。
ローズ
それと、魔法が使えるのなら部屋がこんなことになる前に片づけなさいよ。
あなたならできるんでしょ?
ブラッド
今のは特別さ。
生憎僕は日常生活には魔法を使わない主義だからね。
ローズ
、、、腹の立つ男。
ブラッド
何か言った?
ローズ
いいえ、何も。




ブラッドとくだらない口喧嘩をしていたら、あっという間にもう夕暮れ。

窓のガラスをすり抜けたオレンジ色の光が私の頬に当たった。
ローズ
、、、綺麗ね。
ブラッド
外に出てみるかい?
もっと綺麗に見えるよ。
ローズ
ええ。
私とブラッドは外に出た。


彼の言う通り、外に出ると視界が開け、夕暮れがより一層美しく輝いて見えた。


ブラッド
ねぇ、ローズ!
こっち!
後ろからブラッドの声が聞こえて振り返る。

彼は私が夕暮れに惚けている間に屋根の上に登ったようだった。



「君も!」と言って、右手を差し出している。
私は無言で右手を差し出し、彼の手を掴んだ。


ブラッドは片手で私を持ち上げると、私が屋根に足をかけようとしたところで私を制し、私の膝の下の手を入れてそのまま自分へ近づけた。

俗に言う“お姫様抱っこ”である。
ローズ
きゃあ!
なに?
ブラッド
ん~?
落ちると危ないでしょ。
ローズ
大丈夫よ。
ブラッド
ダメ。
ちゃんと掴まってて。
少し、心臓がうるさい。


さっきまで掃除で走り回っていたからだわ。
きっとそうよ。

でも、もし、もしも、彼にドキドキしているのだとしても、記憶喪失で今までの男性のことが分からなくなっているだけだわ。




私は心の中でそう言い訳をして、私と体がくっついていることなんて気にしていないかのような美しい男を睨みつけた。





彼の瞳は、遠くを見つめていた。
ブラッド
もう、夏だね。
ローズ
、、、?
ええ、そうね?
ローズ
何か意味でもあるの?
ブラッド
いや?
ただ、時間が経つのは早いな~って思っただけさ。
ローズ
そうかしら。
ブラッド
ローズ、明日は君の服を買いに行こう。
汽車に乗ってね。
ブラッド
あと、コップとお皿と、ナイフとフォーク、タオルも買おう。
ローズ
私、お金持ってないわ。
ブラッド
僕がプレゼントするよ。
こう見えても魔術師様だからね。
ローズ
、、、ありがと。
ブラッド
もう晩御飯の時間だね。
ブラッド
今日のご飯は何だい、ローズ?
ローズ
当たり前のように私に聞かないで。
でも、あなたがキッチンに立ってもまともなものを作れる気がしないわね。
ローズ
いいわ、服を買って下さるお礼よ。
私が作るわ。
ブラッド
それは嬉しいなぁ。
ローズ
って言っても、この家、ほとんど調味料しかないじゃない。
今までどうしてたのよ。
ブラッド
あまり食には興味がなくてね。
でも、君が来てくれたから今日は食べようかな。
ローズ
そういえば野菜が少しあったわね。
サラダかしら。
ブラッド
ねぇ、ローズ。
僕、生野菜は嫌いなんだ。
、、、スープにしてくれない?
ローズ
、、、特別よ。
私は彼の手を借りて屋根から降りた。

少し高いけど、途中までブラッドが下ろしてくれた。






私が地面に足をつけると屋根の上から声がした。
ブラッド
ねぇ、ローズ。
僕は君を待っていたのかもしれない!
ローズ
家政婦ってこと?
怒るわよ。
私は嘆息した。
ローズ
馬鹿なこと言ってないで早く降りてきて!
お皿並べるの、あなたも手伝うのよ。
ブラッド
は~い。






いつの間にか、太陽はくれて、月が出始めていた。

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