ブラッドが右手の人差し指を左右に軽く振ると、やわらかい風が彼と私の周りに起こり、無造作に散らばっていた雑貨がまるで命を吹き込まれたかのように元来あったであろう場所へ戻った。
ブラッドは少し勝ち誇ったように、いたずらっぽく笑った。
ブラッドとくだらない口喧嘩をしていたら、あっという間にもう夕暮れ。
窓のガラスをすり抜けたオレンジ色の光が私の頬に当たった。
私とブラッドは外に出た。
彼の言う通り、外に出ると視界が開け、夕暮れがより一層美しく輝いて見えた。
後ろからブラッドの声が聞こえて振り返る。
彼は私が夕暮れに惚けている間に屋根の上に登ったようだった。
「君も!」と言って、右手を差し出している。
私は無言で右手を差し出し、彼の手を掴んだ。
ブラッドは片手で私を持ち上げると、私が屋根に足をかけようとしたところで私を制し、私の膝の下の手を入れてそのまま自分へ近づけた。
俗に言う“お姫様抱っこ”である。
少し、心臓がうるさい。
さっきまで掃除で走り回っていたからだわ。
きっとそうよ。
でも、もし、もしも、彼にドキドキしているのだとしても、記憶喪失で今までの男性のことが分からなくなっているだけだわ。
私は心の中でそう言い訳をして、私と体がくっついていることなんて気にしていないかのような美しい男を睨みつけた。
彼の瞳は、遠くを見つめていた。
私は彼の手を借りて屋根から降りた。
少し高いけど、途中までブラッドが下ろしてくれた。
私が地面に足をつけると屋根の上から声がした。
私は嘆息した。
いつの間にか、太陽はくれて、月が出始めていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。