ズキッと痛んだ頭を抑えながら、私は重たい瞼を開けた。
あたりを見渡すと、そこは花畑だった。
少し息を落ち着けた私は、状況を確認することにした。
ここで私は自分自身の身なりを確認した。
ここまで言ってハッとした。
『分からない』
その事実を私は案外冷静に受け止めていた。
私は結構楽観的らしい。
受け止めてしまえばあとは心も落ち着いてきて、私は周りをぐるりと一周見回した。
すると、今いる位置から少し歩いた坂の上に小さな木の家があることに気付いた。
住民がいるのだろうか、それとも無人の小屋なのだろうか。
そのどちらであるとしても、あそこの家に記憶が戻るまでおいてもらおう。
意地でも。
そうでないと、私は本当に森の中に独りになってしまうから。
両手で頬を挟み込むようにして叩いて、気合を入れ、いざ歩き出そうという時、足元の、何か大きなものにつまずいてよろけた。
白と黒でできたモノトーンの、、、棺桶だ。
私なんてすっぽり入ってしまいそうなくらいの。
開けてみようかと蓋に手をかけたけれど、立派な錠前で施錠されていて、びくともしなかった。
コンコン。
木製のドアを叩くと、中から長身の男が現れた。
その男の名はブラッドと言うらしく、この家で記憶屋なる商売をやっているらしい。
何よそれ。
その男は色白で線が細く、女性のような儚さを持った不思議な人だった。
でも、それでいて、角ばった手指は途端に男性らしさを感じさせる。
茶色、よりも少し薄い、グレーや白も混ざったような綺麗な色の髪。肩にはついていないけど少し長め。
空よりも青く、海よりも深い、優しい瞳。
まさに造形美だった。
ブラッドの厚意に甘えた私は、この小さな木の家に転がり込んだ。
、、、のだが。
私が見渡したその部屋は、ブラッドの言葉通り、散らかっていた。
食べた後そのまま流し場に置かれた皿とコップ、溜まった洗濯物と整頓できていない雑貨品。
、、、許せなかった。
私は一気にまくし立てた。
すると、ブラッドはバツが悪そうに視線をそらし、降参だ、とでも言うように小さく両手を上へ上げた。
この男、妙にキザっぽいのが鼻につく。
調子が狂う。
私は手早く髪を一つにまとめると、洗い物から取り掛かった。
ついでにコーヒーも入れた。
その次は洗濯。
この家には幸い、水は引かれているようだった。
掃除や料理のやり方は、体が覚えていた。
それなら他のことも覚えておけよ、と思ったけれども、何か事情があったかもしれないので黙っておく。
洗濯が終わった私は、束の間の達成感に包まれながらリビングに戻った。
彼に任せたリビングは、先ほどと変わり映えしない汚さだった。
見るからに整理が苦手そうなこの男に任せたのが馬鹿だった、そう思い、諦めて私が手を伸ばすと、その手首をブラッドがつかんだ。
ブラッドが右手の人差し指を左右に振ると、その瞬間やわらかい風が起こり、散らかっていた雑貨はあっという間に棚に収納されてしまった。
ブラッドは、してやったりとでも言うようにいたずらっぽく笑った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!