第31話

終 .少女は幸せだった
912
2022/12/24 08:30


気づくとあの公園に来ていた
始まりの、あの公園に
あなた
ここだっけ
手当してもらったベンチを見つける

足を投げ出して座ると、一年前より太くなった足が見えた
あなた
ちゃんと食べて太ったよ…傷だってない


冷たい空気が頬を撫でる
静かな公園は私が孤独だと嘲笑うかのように静まり返っていた
あなた
夢を……見てました


ポツリと呟いた
あなた
私という人間が幸せに過ごせた…自分勝手で自己中心的な夢を


懺悔するかのように手を組んで空を見上げた
厚い雲に覆われた空はひとつの光も見えなく、暗い
あなた
もう全て忘れられるように
目を瞑る
あなた
私をもう一度


息を大きく吸った
あなた
記憶喪失にしてください














あなた
あ、あはは…そんなこと無理だよね…ははっ……


脱力してため息をついた
白い息が広がる



こんな気持ちじゃダメだ
楽しい気分にならなくちゃ


自分で選んだ選択肢なんだから
あなた
クリスマスイブ…か


テレビで流れていた聞き慣れた歌が脳裏をよぎった
あなた
…ジングルベール……ジングルベール…………


気づいたら声に出していた

小さな声で呟くように歌う
それでも夜の公園には大きく響いていた



鈴がなる〜
あなた
……え?


自分以外の声が聞こえて息が止まりそうになる
…ってな。……風邪引くぞ。お前はいつも薄着だな


聞こえるはずがない声が後ろから聞こえてきた
あなた
ゆ、め?
夢じゃねえよ


頬が温かいもので包まれた
それが手だと気づいたのは少ししてからだった
あなた
ッ!!なっ、なんでっ!


混乱の中声を上げる
なんでも何もなにもな。大変だったんだぞ


そう言った男の顔がほころんだ


ガッチさんが言ったのか
さっきのメッセージの意味が分かった
元気…だったか?


いつぶりかの優しい声が響く

混乱する脳を必死に動かす
目の前の男は一年前と変わらない笑顔を浮かべた
あなた
き、よ…?
キヨ
ああ
あなた
ほん…と?
キヨ
本当だ
あなた
ゆめじゃ…
キヨ
夢じゃねえって言ってんだろ


頬をつねられる
痛みが広がった
あなた
あ、あ……


枯れたはずの涙が再び流れ出した
次から次へと流れる涙が、頬をさするキヨの手を濡らした
あなた
うっ…あっ…きよっ…なん…なんでぇ!!


言葉になっていない声を出しながら泣き続ける私にキヨは笑いかけた
キヨ
会いたかったから


その言葉にさらに涙が止まらなくなる
キヨ
ゆっくりでいい。俺はもういなくならないから


いつの間にか隣に座ったキヨが私の背中をさすっていた




キヨ
落ち着いたか?
あなた
…うん


泣き腫らした目がヒリヒリする
キヨ
まさか会えるとは思ってなかったな


背中に回されたままの手があったかい
キヨ
ガッチさんから事情聞き出したんだよ
キヨ
お前がガッチさんに相談してたって知ったのも最近だし
あなた
ごめん
キヨ
捜索届け出すとこだったわ


キヨは笑う
キヨ
どこにいるか分からないから電話かけてたのに
あなた
あ……


電話を取ることもなく切る自分を思い出す

着信拒否をしなかったのはまだ繋がっていたいと思っていたからなのかもしれない
キヨ
もしかしたらって少しでも思っちゃってさ、ここまで来てた


キヨの鼻の頭は赤い
キヨ
会えて…良かった


噛み締めるように目を閉じたキヨの唇は弧を描いていた

その幸せそうな笑顔に心が締め付けられた
あなた
無視してごめん
キヨ
許せねえよ
あなた
ご、ごめ…
キヨ
なんで俺じゃなくてガッチさんに相談したんだよ
あなた
…………え?
キヨ
相談するなら俺だろ
あなた
え、そこ?
キヨ
そこ


ハハッ…と笑い声が聞こえた
キヨ
で、なんで俺じゃないんだよ
あなた
だって…キヨに言ったら許してくれないかなって
キヨ
はあ?お前の記憶戻ったんなら帰らすに決まってんだろ
キヨ
……お前が幸せになるなら


言えない…幸せじゃないなんて言えない…
キヨ
もしかして幸せじゃない?
あなた
えっ…いや〜幸せだよ
キヨ
こんなに酷い顔してか?


頬に手を伸ばされる
優しく頬を撫でられ、心地良さに目をつぶった







キヨ
また、前みたいに
あなた
え?
キヨ
アイツらもお前に会いたがってる
あなた
アイツら…?
キヨ
お前がいないっていうのにプレゼント買おうとしててさ、パーティーやりたいとか…な?




キヨ
もう我慢する必要なんてないから
あなた
ッ……
キヨ
ゆっくりでいいからさ、また皆で会いたい
キヨ
相談も乗るし、俺ができることはやるから


キヨは立ち上がって私を見下ろした
影が落ちる
キヨ
なあ…あなた


真面目な顔がそこにあった

今まで見てきた顔とは違った
必死で、苦しそうに…懇願するように私を見つめてくる
あなた
キヨ
キヨ
なんだ
あなた
一緒にいてもいいの?
キヨ
ああ
あなた
迷惑かけちゃうかも
キヨ
迷惑なんて思わない
あなた
もし、キヨに悪いことが起きたら…
キヨ
お前のせいじゃない
あなた
で、でも…私なんかが
キヨ
なあ、お前がどうとかじゃなくてさ
キヨ
俺が…俺がさ、


キヨが私の手を取る
強く握られた手は熱かった
キヨ
お前と…あなたと一緒に居たいんだ


顔は逆光で見えない
キヨ
ダメか……?


今までの記憶を思い出す
記憶を思い出すことは怖いと思っていた

でも、思い出すのは楽しい思い出ばかりだった
あなた
楽しかった
キヨ
え?


今度はキヨが気の抜けた声を出した
あなた
キヨと出会って、皆と会って、知らなかったことも沢山知れてさ…楽しかったんだ
あなた
キヨと出会えて良かった
キヨ
…俺も。お前がいてくれなきゃダメだって気づいた


キヨは照れくさそうに笑って私の手を取った
キヨ
また、皆と……いや、俺と思い出をつくろう
キヨ
お前の記憶が楽しい思い出でいっぱいになるように
あなた
…また、ゲームとかパーティーとかできる?
キヨ
ああ。……まあ、俺が勝つけどな
あなた
今度こそは…私が勝つから


二人で顔を見合わせて笑えるのはいつぶりだろう
いつの間にか指が絡み合った手に幸せを感じる
あなた
ありがとうキヨ。……大好きだよ
キヨ
俺も…


声は小さかった

だけど赤くなった顔が光に照らされる
いつの間にか雲の隙間から月明かりが覗いていた
キヨ
家まで送る


キヨは顔を隠すように歩き出す
あなた
ありがとう


何度目かも分からない感謝の言葉の後、あの時は裾を握るのが限界だったキヨの背中に抱きついた
キヨ
……えっ


恥ずかしくなってすぐに離れた
キヨ
あ、あんまりはしゃぐな


再び自然に手を握られ歩き出す









キヨ
幸せだ


そう声が聞こえた
満足そうに微笑む横顔が月明かりに照らされている


きっと今日は一生の思い出に残るだろう

いつの間にか空から舞っていた白い雪がキラキラと光る



寒さと幸せを噛み締めるようにキヨの手を強く握り返した














end. 幸福な少女は現実を生きる

プリ小説オーディオドラマ