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第1話

長島スパランドの夏
長島スパランドは三重県桑名市にある、ジャンボ海水プールが有名なアミューズメントパークである。前田勇治は夏休みのアルバイトで、海水プールの監視員をしている。秋本里英は遊園地の売店係をしていた。勇治は二十四歳、里英は二十歳である。里英が大好きな浜崎あゆみに似ていたので、勇治が猛烈にアタックして付き合うようになったのである。
ある晩夏の日、いつものようにプール前で勇治と里英が話していると、里英は急に立ち眩みがして倒れた。
「おい、里英。どうした?熱中症かァ」
「……」
「医療班、サーフィンプール前で一人倒れました。至急、救護に来て下さい」
勇治はインカムで救護を呼んだ。
救急病院は揖斐川を越えた名古屋市にあった。里英が心配で病院までついていった勇治は、廊下の長椅子に座って待機していた。やがて病院から連絡を受けた里英の両親がやって来た。
「娘さんはHIVウィルスに感染しています」
ドクターは両親に告げていた。
「まぁ、嫌らしい。だから私はあんな娘を育てるのは嫌だったのよ」
病室を出た里英の継母は亭主に嘆いた。
「そんなこと言うなよ。男遊びで感染したかわからないだろう」
里英の父親は継母を伴い、病院を出て行った。勇治は里英の病室に入っていた。
「……里英」
鼻の穴にチューブを挿した痛々しい里英が、ベッドに横たわっていた。
「勇治……」
勇治の存在に気づいた里英は目覚めた。
「夏休みのアルバイト、最後まで出来なくなっちゃったね」
「うん。ケッタあればここから脱出出来る。海が見たいわ」
「ケッタかぁ。その体で自転車乗るのは無理だよ。レンタカー借りて来るから、待っててくれ。里英ちゃん」
「頼むよ。勇治……」
第二章別れ
レンタカーを借りた勇治は、里英を背負い病院を脱出した。向かったのは二人が出会った伊勢の海であった。
深夜の伊勢湾は誰もいなかった。カローラを背に、寄り添って水平線を見ている里英と勇治。遠くから、盆踊りしている灯火が見える。河口恭吾の「桜」が流れていた。
「これ、いい曲だわ」
「あぁ、森山直太朗の桜もいいけど、やっぱり河口恭吾の桜の方が俺も好きさ」
「綺麗な海……」
「大丈夫か、里英。苦しくないか?」
「少し肌寒いけど、大丈夫。もう逝くから、あたしは……」
「バカなこと言うなよ。その若さで死ぬなんて。俺たち出会ったばかりじゃないか。これから一緒に人生歩むんだろうが」
「それってプロポーズ?」
里英は軽く微笑していた。
「えっ、そ、そうだよ。俺は里英と死ぬまで一緒にいたいんだよ!」
「サンキュー、勇治。海見せてくれて……」
勇治は里英を抱き締め、キスをした。そして衰弱した里英を抱き上げ、波打ち際へと入ってゆく。
「俺たちはいつまでも一緒だよ。里英……」
波しぶきが里英の顔にかかる時、里英は呟いた。
「勇治、生きろよ!」
「里英……」
その声を聞いた勇治は、泣き崩れた。顔面蒼白の里英は呼吸をしていなかった。
「おおお……里英。死ぬなァ、死なないでくれ。頼む……」
波しぶきが二人を包み込んだ時、伊勢の海に暁が来た。