第9話

吐露
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2021/06/15 22:08
少し固い表情で、慧は教室に入る。
新学期が始まったばかりで、まだ新しい友人は出来ていないので緊張する。早く玲が来てくれれば、とひたすらに願う。
倒れた日は入院して、翌日に検査をしたのだが、午前中に終わるはずが午後まで長引いてしまって結局学校に行けなかった。大した異変があったわけではないのだが、身体的というより精神的なダメージの恐れがあったので主治医と親が長い間話し合いをしていたのだ。その間慧は、顔見知りの子供たちの相手をしていた。みんな長く入院している子どもたちだ。元気そうで安心したが、姿が見えない子もいた。
全員が闘っている。憎たらしい病魔と。
星山 玲
星山 玲
あ、けーちゃん!おはよう、もう元気になった?
月島 慧
月島 慧
おう玲、一昨日は見舞いありがとな。もう大丈夫だ。
教室に入ってきた玲が真っ先に挨拶してくれる。こいつの存在に助けられているな、と感じる。本人には言わないが。
星山 玲
星山 玲
今日は無理しないでよね~?また倒れたとかになったら洒落にならないんだから!
月島 慧
月島 慧
はいはい、分かってるよ。どうもありがとう
玲は慧の肩を軽く小突いてから自分の席につき、友人二人と話し始める。
慧は大きく息をつくと、立ち上がって教室から出た。一人でぼーっとするのもつまらない。どこかへ行こう。
屋上に行きたいところだが、屋上はきっと今日も閉鎖されているんだろう。それなら、またあの屋上のドアの前にいよう。
そうだ、そこで会ったあの不思議な先輩はどうしているだろうか?もしかしたらまたいるかもしれない。そんな淡い期待を胸に抱いて、階段を登る。
月島 慧
月島 慧
…あ
荒川 涼
荒川 涼
ん?あれ、君はこの前の。
本当にいた。すごいな、予想的中だ。
というかあの時も今も、どうしてこんなところにいるんだろう。
月島 慧
月島 慧
荒川先輩…でしたよね。今日もいるんですね。
荒川 涼
荒川 涼
ああ、せやで。僕はサボり魔やからな。授業はいっつもサボってるんよ。
先輩は苦笑いをする。
何だろう、悲しい笑顔だな。サボるのを楽しんでいる感じではない。
慧は生返事を返しながら、少し離れたところに腰を下ろす。別に話すことがあるわけじゃないし、慧から話しかけることはしなかった。
荒川 涼
荒川 涼
…君は、どうしたん?今日はまだ顔色よさそうやけど。
月島 慧
月島 慧
え?あ、いえ。俺そんなに人付き合い得意じゃないので、教室いても仕方ないなって。
この人相手だと話しやすい。ほとんど関わりもない、出会ってから日が浅いのに。
慧は涼に心を開いていた。というか、自然とそうなったのだ。この人ともっと話したい、自分の悩みや苦しいことを洗いざらい話して、受け止めてほしいと考えてしまうほどに、慧は涼を信頼していた。
荒川 涼
荒川 涼
…なんか聞いてほしそうな顔してるけど。大丈夫?
月島 慧
月島 慧
えっ…そんな顔してました?はは、恥ずかしい、な…
慧の心は揺らいでいた。話してしまいたいが、ほとんど知らない相手に話す内容でもない気がするし、それにこんなこと言ったら気分も重くなるだけでただの迷惑なのではないか、という懸念があった。
涼の目を見ると、優しい笑みがそこにあった。慧はその顔を見て、泣きそうになった。

ああ、この人ならきっと受け入れてくれる。自分が重たい話をしても、否定しないで聞いてくれる。
確信に近いものを感じられた。

慧は、自分が制止するより先に、自分の抱えていることや苦しみを吐露していた。
すべてを話し終えたとき、慧はボロボロ泣いていた。
今まで感じたことのない苦しみを誰かに吐き出せることがありがたかった。
涼は慧の隣に座ると、ただ黙って背中を撫で続けてくれた。
変に口出しすることも、強引なアドバイスをすることもしない。
ただ今は寄り添って、泣いている小さな背中を見守ることしかできない、と涼は思う。
人から相談をされることはそんなに無いので、涼もどうしたらいいのか分からないのだ。でも、直感的に否定しないことが大切だと思う。
認めて、寄り添うことしかできない。
月島 慧
月島 慧
…っう、ごめんな、さい…
荒川 涼
荒川 涼
大丈夫、大丈夫やからな。
誰もいない廊下に、泣き声が静かに響く。
慧に寄り添い続け、背中をなでたり腕をさすったりして慰める。
無駄な言葉はいらない、そのやりとりだけで伝わる。


慧はだんだん心が落ち着き安心してくるのを感じながら、涙が治まるまで泣き続けた。

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