静かで涼しい部屋。ここは保健室だ。
部屋の端にあるベッドには慧が横たわっており、まだ顔が青白い。呼吸は安定しているが、まだ目を覚ましていない。
保健室の先生は、貧血だと言っていたため大事には至らなかったようだ。
青白い慧の顔よりも顔色が悪そうな玲は静かにベッドの側の椅子に座っていた。
もしかして自分のせいなのではないか。初日からはしゃぎすぎたのではないだろうか。慧が来てくれたことが嬉しくて、ついうざ絡みしてしまっていただろうか。
自分の知らない間に、慧が辛い思いをしていたとしたら・・・?
ネガティブな思考が頭をよぎり、罪悪感に打ちひしがれそうになっていた時、廊下からドタドタと足音が聞こえてきた。
その足音があまりにうるさいというか、焦っている為玲は怪訝に思い、今にも泣きだしそうな顔を上げた。
足音が近づいてきて、ガラッと大きく音を立てて保健室のドアが開く。
息を乱して保健室にかけこんできたのは、創だった。
創の目は最早血走っていて、慧がベッドに寝ていると分かると大股でベッドの側まで来て、慧の顔色を見て顔を曇らせた。
その心配ぶりに玲はますます縮こまり、両手が震えだすのが分かった。
玲は大きな目から涙をこぼしながら謝る。
創は動きを止めて玲をの方を向き、椅子を引っ張ってきて座る。
玲は泣きながら肩を震わせる。強く握られた拳は、もう指の先が白くなっていた。
創は玲の背中を優しくさすりながら話を聞く。
無論、玲は何もしていない。慧が倒れるほど負荷をかけるようなことはしていないのだ。
創は、目の前で泣きじゃくる心優しい女の子にこう語りかけた。
玲はただ泣き続ける。
創の言葉が彼女にどれくらい響いたかは分からないし、的外れなことを言っているのかもしれない。
ただ、創が玲を一生懸命慰めようとしてくれていることは伝わっている。彼女はそれだけでも嬉しかった。
創は目の前の二人を愛おしそうに見つめる。
三人とも家が近く、幼いころから遊んできた仲だからこそ、確かな絆があった。
創の場合は愛情に近しい何らかの感情を抱いている。
しばらくして、休み時間が終わりに近づいてきたとき、ふいに慧がうめいた。
ぼんやりしながらも、慧は目を開ける。
目の前には、涙ぐむ親しい友が二人。
創が慧に飛びつき、慧は創を押しのけようとする。
いつもの光景が戻って来て、玲は治まった涙が再びあふれてくるのを感じた。
もういつも通りの日常だ。
嬉しそうに泣く玲に戸惑いながらも、なんとか授業には間に合いそうで安堵する慧。
誰よりも嬉しそうに笑う創。
今度は喜びの涙を流す玲。
三人の声が、静かだった保健室に響いている。
そう言って困ったな、と独り言を漏らす慧に、必要以上の喜びを押し殺しながら玲はこう告げる。
保健室に笑い声が響く(主に創)。
これから始まる新生活に緊張しながらも心躍らせる三人。
予鈴が鳴り、小走りで教室に向かう。
創はいつも通り気さくに、玲は少し恥ずかしそうに返す。
楽しくなりそうだ、と慧は頭の中で考えながら、教室へと急いだ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。