ネオ…自分のことか……!?
いつの間にバレていた…!?
顔には出さないものの、心の中でとてつもなく焦る。
ただ、依兎から出た言葉は予想とは違うものだった。
自分のことじゃなかったのか。
ホッと息を吐くと店員さんがこちらを見てきた。
隠してるってこんなに胸が痛むんだな……
結局売れた金額は15000円。
正直『売る』ことにしか気が向いていなかったから、思ったよりも高くてびっくりした。
………………でも、何かが心の中で突っかかってる。
ボカロPとしての活動は終わるんだな。
今まで10年以上積み重ねてきたのに。
ここで終わる。
バズった時、声が出ないほどに喜んだ。
コメントが来ないか来ないかと通知を待ち構えて。
高評価が増える毎に口角が上がっていった。
もやもやは晴れなかったけど、1回やると決めたことはやる主義。
とぼとぼと家に帰った。
客が去った店の中、夜流が口を開いた。
…と言いながらも、依兎の目は共感しているように見える。
客は感情が顔に出やすいタイプだった様だ。
夜流がニヤニヤしながら聞く。
依兎はありえない、と対抗した。
依兎も顔に出やすいタイプだった様だ。
ただ、認めたくないのか……
ずっと対抗を続けていたのであった。
仕事が進まない。
せっかくテレワークの仕事だと言うのに……
そんな自分に腹が立つ。
鳴音オトという存在が余り身近でなくなった今。
プレッシャーが感じないから気が楽になった。
ただ、偶に見る動画のコメント欄には
『この曲好き』
だとか
『新曲楽しみ!』
だとか。
心を揺さぶるコメントばかり。
仕事が忙しいから曲は聞けていないけど、きれいさっぱり忘れようと心に決めていた。
鳴音オトを売ってから6日が経った。
仕事も一旦落ち着いたし、今は休憩時間だ。
お気に入りのヘッドホンを手に取り、耳に当てる。
スマホを取り出しバズった動画を開くと、前回見た時よりも再生回数が伸びていた。
再生ボタンを押すと、何十回、何百回と聞いたオトの声が聞こえてきた。
バズった曲は『ボーカロイドが自分の心に訴えてくる』をコンセプトにした曲だ。
数年前に投稿した12曲目なのだが……昔のものの方が流行りやすいのか。
この曲を作った当初は仕事に疲れており、ほぼ自分のために作った曲だった。
あまりにも自分のためだったから伸びないと思ったが、自分と同じ境遇の人がたくさんいた様だ。
『自分の心に問いかけてごらん そのコトは本当にしたいコト?』
『優秀だから褒めるんじゃない 頑張ってるから偉いんだよ』
『前向くだけじゃやってらんない 周りたまには後ろ向いても良いんだよ』
今までのボカロPとしての人生が走馬灯の様に駆け巡る。
10数年前から始めて。全く伸びずに悩んで。
でも。それでも応援してくれた人がいて。
努力が実を結んでバズって。アンチも増えたけど倍以上応援してくれる人がいた。
あんなに大変だった生活を、『プレッシャーが嫌だ』なんて理由で辞めて良いのだろうか。
……そういえば。
『返品・引き戻しは1週間後までなのでお気をつけください。』
焦りすぎて頭に入ってこなかったけれど、そんなことを言っていたかもしれない。
カレンダーを確認すると、今日から6日前。
『マスター。』
一瞬、鳴音オトの声が聞こえた気がしたのは───
15000円をしっかりと握りしめて、以前店を見つけた場所へ。
記憶を頼りに目指すのであった。