第13話

3-3 ボカロPと自分の心
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2023/06/18 00:07


ネオ…自分のことか……!?

いつの間にバレていた…!?

顔には出さないものの、心の中でとてつもなく焦る。

ただ、依兎から出た言葉は予想とは違うものだった。

万事屋 依兎よろずや いと
あ、すみません。お客様は知らないですよね。
万事屋 依兎よろずや いと
今とっても曲が流行ってて、人気なボカロPさんなんです。
ネオ
あ、そうなんですね………
ネオ
名前だけなら知ってます。
ネオ
(危ない……自分のことかと……)


自分のことじゃなかったのか。

ホッと息を吐くと店員さんがこちらを見てきた。

隠してるってこんなに胸が痛むんだな……

何処屋 夜流いずこや よる
えーと、結局15000円でいいかな。
何処屋 夜流いずこや よる
定価よりは安くなっちゃうけど、これでも高い方だと思うし。
ネオ
大丈夫です。


結局売れた金額は15000円。

正直『売る』ことにしか気が向いていなかったから、思ったよりも高くてびっくりした。

………………でも、何かが心の中で突っかかってる。

ボカロPとしての活動は終わるんだな。

今まで10年以上積み重ねてきたのに。

ここで終わる。

ネオ
(……本当に良いのかな。)


バズった時、声が出ないほどに喜んだ。

コメントが来ないか来ないかと通知を待ち構えて。

高評価が増える毎に口角が上がっていった。

万事屋 依兎よろずや いと
よし……
万事屋 依兎よろずや いと
では、15000円です。
万事屋 依兎よろずや いと
返品・引き戻しは1週間後までなのでお気をつけください。
ネオ
あ、はい……


もやもやは晴れなかったけど、1回やると決めたことはやる主義。

とぼとぼと家に帰った。



何処屋 夜流いずこや よる
……ねえ、依兎?
万事屋 依兎よろずや いと
…なんでしょう?


客が去った店の中、夜流が口を開いた。

何処屋 夜流いずこや よる
あのお客さん、絶対後悔してるよね。
万事屋 依兎よろずや いと
ええ?決めつけは良くないですよ?


…と言いながらも、依兎の目は共感しているように見える。

客は感情が顔に出やすいタイプだった様だ。

何処屋 夜流いずこや よる
だってさ、今までのお客さんと比べてどこか悲しげだったし。
何処屋 夜流いずこや よる
ていうか、依兎がネオって言った時めっちゃ驚いてたよ?
何処屋 夜流いずこや よる
あの人ネオさんなんじゃない?


夜流がニヤニヤしながら聞く。

依兎はありえない、と対抗した。

万事屋 依兎よろずや いと
そんな訳ないじゃないですか。
万事屋 依兎よろずや いと
百歩譲って後悔は認めるとして、ネオさんではないですよ。
何処屋 夜流いずこや よる
いやいや、付き合い長いから分かるよ。
何処屋 夜流いずこや よる
依兎絶対信じ始めてるよね。
万事屋 依兎よろずや いと
……うっ。


依兎も顔に出やすいタイプだった様だ。

ただ、認めたくないのか……

万事屋 依兎よろずや いと
あの方がネオさんなら、必ずオトちゃんを取り返しに来ますよ!


ずっと対抗を続けていたのであった。


ネオ
……はあ…


仕事が進まない。

せっかくテレワークの仕事だと言うのに……

そんな自分に腹が立つ。

ネオ
いや、やらなきゃ。
ネオ
……えっ!?期限早まった!?
ネオ
ヤバいヤバい……


鳴音オトという存在が余り身近でなくなった今。

プレッシャーが感じないから気が楽になった。

ただ、偶に見る動画のコメント欄には
『この曲好き』
だとか
『新曲楽しみ!』
だとか。

心を揺さぶるコメントばかり。

仕事が忙しいから曲は聞けていないけど、きれいさっぱり忘れようと心に決めていた。






ネオ
ふー……


鳴音オトを売ってから6日が経った。

仕事も一旦落ち着いたし、今は休憩時間だ。

ネオ
…久しぶりに、聞いてみるか。


お気に入りのヘッドホンを手に取り、耳に当てる。

スマホを取り出しバズった動画を開くと、前回見た時よりも再生回数が伸びていた。

再生ボタンを押すと、何十回、何百回と聞いたオトの声が聞こえてきた。

ネオ
(……懐かしい。)


バズった曲は『ボーカロイドが自分の心に訴えてくる』をコンセプトにした曲だ。

数年前に投稿した12曲目なのだが……昔のものの方が流行りやすいのか。

この曲を作った当初は仕事に疲れており、ほぼ自分のために作った曲だった。

あまりにも自分のためだったから伸びないと思ったが、自分と同じ境遇の人がたくさんいた様だ。

『自分の心に問いかけてごらん そのコトは本当にしたいコト?』

『優秀だから褒めるんじゃない 頑張ってるから偉いんだよ』

『前向くだけじゃやってらんない 周りたまには後ろ向いても良いんだよ』

ネオ
(……今と、同じなのかなあ…)


今までのボカロPとしての人生が走馬灯の様に駆け巡る。

10数年前から始めて。全く伸びずに悩んで。
でも。それでも応援してくれた人がいて。

努力が実を結んでバズって。アンチも増えたけど倍以上応援してくれる人がいた。

あんなに大変だった生活を、『プレッシャーが嫌だ』なんて理由で辞めて良いのだろうか。

ネオ
(けど、もう売っちゃったし──)


……そういえば。

『返品・引き戻しは1週間後までなのでお気をつけください。』

焦りすぎて頭に入ってこなかったけれど、そんなことを言っていたかもしれない。

ネオ
(売ったの…いつだっけ?)


カレンダーを確認すると、今日から6日前。

ネオ
(──引き戻しに、行くしかないもんな。)







『マスター。』

ネオ
…え?
ネオ
…気の所為か。


一瞬、鳴音オトの声が聞こえた気がしたのは───

ネオ
(やっぱり、これでしか輝けない。)


15000円をしっかりと握りしめて、以前店を見つけた場所へ。

記憶を頼りに目指すのであった。

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