js side
サンウォンと通話が切れたあとも、 僕は暗くなった画面をしばらく見つめたまま動けなかった。
耳に残った電子音だけが、
静まり返った部屋の中で妙に現実味を持っていて。
暖房の風がゆるく頬を撫でる。
乾いた温度が部屋に満ちているはずなのに、
指先だけが冷えていた。
エアコンの稼働音が、 今日はやけに大きい。
普段なら意識もしないような低い音が、
頭の奥でずっと鳴り続けている。
さっきの会話も、 サンウォンの声も、 言われた言葉も、 全部ちゃんと聞こえていたはずなのに。
最後に浮かぶのは、 結局、ゴヌの顔だった。
振り返らなかった背中。
あと少し伸ばせば届いたはずなのに、
触れられなかった距離。
その数歩分の空白だけが、 胸の奥に重く残っている。
〝「 ……ちゃんと分かってからにしてください 」〟
静かな声だった。
怒鳴られたわけでもない。
責められたわけでもない。
なのに、 その言葉は、 今まで聞いたどんな声よりも
痛かった。
胸の奥が、 ゆっくり締めつけられていく。
『 分かったよ 』
今さらここで呟いたところで、
届かないことくらい分かっていた。
それでも、 口に出さないと息ができなかった。
僕はゆっくり立ち上がる。
ソファの横に放っていたコートを掴み、
半ば衝動みたいに玄関へ向かった。
ドアを開けた瞬間、 冷え切った空気が一気に
流れ込んでくる。
暖かかった室内の空気が押し出されるみたいに、
頬の熱が急速に奪われていった。
外はまだ雪が降っていた。
白く滲んだ街灯の光。 静かな夜道。
積もりきらない雪が、 アスファルトの上で
薄く光っている。
吐いた息が白く広がって、 すぐに消えた。
いるわけない。
そんなこと、 分かっている。
もう帰ってるかもしれないし、
とっくに電車に乗ったかもしれない。
それでも、 足だけは止まらなかった。
雪を踏むたび、 乾いた音が小さく響く。
コートの隙間から入り込む冷気が痛いくらいなのに、
頭の中は妙に熱かった。
『 … ゴヌ 』
白い夜の中に溶けるような声で
返事なんて、 あるはずないのに。
少し進んだところで、 僕はふと立ち止まる。
真っ白な歩道。
そこに、 まだ新しい足跡が残っていた。
降り続く雪に少しずつ輪郭をぼやかされながら、
それでも確かに前へ続いている。
導かれるみたいに、 僕はその跡を辿った。
見つからなかったらどうしよう、 じゃない。
もし会えたら、 何を言えばいいのか分からない。
ちゃんと伝えられる自信もない。
それでも、 今ここで行かなかったら、
たぶんずっと後悔する気がした。
角を曲がる。
その瞬間、 視界の先に黒い影が映る。
街灯の下。
淡い光に照らされた背中は、 雪の中でもすぐ分かった。
肩に薄く積もった白。
冷えた夜気の中で、 静かに立ち尽くしているその姿に、 呼吸が止まりそうになる。
思わず足が止まった。
少しだけ距離がある。
でも、 今度は。
今度こそ、 離したくなかった。
『 ゴヌ 』
さっきよりも、 ずっとはっきり呼ぶ。
その背中が小さく揺れて、 ゆっくり振り返ろうとする。
だけど、 顔を見るより先に、 僕の身体が動いていた。
数歩分の距離を埋める。
冷え切ったコート越しに触れた瞬間、
ようやく息ができた気がした。
逃げられないように、 消えてしまわないように。
縋るみたいに腕へ力を込めると、 雪の匂いが近くなる。
冷たい外気の中で、 触れた体温だけが熱かった。
耳の奥で、 自分の心臓がうるさい。
それでも、
今度はちゃんと伝えなきゃいけない気がした。
『 分かった 』
掠れた声が、 白い夜に静かに落ちていく。
『 僕、やっと分かった 』
分かっているのに、ゴヌの肩に顔を埋めたまま、
しばらく何も言えなかった。
吐く息は白いのに、 触れている場所だけが熱い。
雪はまだ静かに降り続いていて、
街灯の光の中をゆっくり漂っていた。
ゴヌも何も言わない。
振りほどこうともしない代わりに、
抱き返してくることもなくて。
その曖昧な距離が、 余計に怖かった。
ちゃんと言わなきゃいけない。
今までみたいに、
誤魔化したまま終わらせたくなかった。
でも、 喉の奥がうまく開かない。
何度も言葉がつかえて、 呼吸だけが乱れる。
腕を掴む指先に、 少しだけ力が入る。
冷え切ったコート越しでも、
そこに確かな体温があるのが分かって。
離したくなかった。
今ここで手を放したら、
もう二度と追いつけない気がした。
静寂の夜、雪は静かに降り続いている。
街灯の光に照らされた白が、
僕たちの肩や髪にゆっくり積もっていく。
吐いた息が白く滲んで、
その向こうでゴヌの輪郭が微かに揺れた。
近すぎる距離。
それなのに、 少し視線を上げないと、
ゴヌの顔は見えない。
それをいい事に僕はゴヌの顔を見なかった、
… 見れなかった。
『 ゴヌが、 いなくなるのが嫌だった 』
言葉にした瞬間、 胸の奥が強く軋む。
雪の冷たさなんて、 もう分からなかった。
指先も頬も冷えているはずなのに
身体の内側だけが異様に熱い。
サンウォンの顔が、 一瞬だけ頭を過る。
優しかった。
一緒にいると落ち着いたし、 ちゃんと楽しかった。
隣にいることを、 心地いいと思っていたはずなのに。
『 ……他の人といても、 ちゃんと笑えてたのに 』
『 気づいたら、 ゴヌのことばっか考えてた 』
言葉が止まらない。
今まで押し込めていた感情が、
雪崩みたいに溢れてくる。
会いたかった。
帰ってほしくなかった。
『 会いたかったし、 行かないでほしかった 』
腕を掴んだまま、 ゆっくり顔を上げる。
視線の先で、 ゴヌの睫毛に雪が落ちていた。
少しだけ伏せられた目。
街灯の光を受けた横顔。
近いのに、 まだ届ききっていない気がして、
胸が苦しくなる。
降り続く雪の中で、 ゴヌだけがはっきり見える。
冷えた頬も、 静かに揺れる瞳も。
その全部が、 苦しいくらい愛しかった。
『 好き 』
短く落ちた声は、 驚くほど真っ直ぐだった。
今まで何度も迷って、 飲み込んできた言葉なのに。
口にした瞬間、 胸の奥で固まっていたものが、
ゆっくりほどけていく。
『 … やっぱり、 ゴヌが好き 』
見上げた先の目から、 今度は逃げなかった。
怖かった。
このまま拒まれるかもしれないって、
今さら遅れて不安になる。
それでも、 もう隠したくなかった。
僕はゴヌにまわした腕に、
無意識のまま少しだけ力を込める。
『 … だから、 もう行かないで 』
縋るみたいな声だった。
雪の降る静かな夜道で、 その言葉だけが、
熱を持ったまま二人の間に残っていた。
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gw side
ジュンソの声が、 降り続く雪の中へ静かに沈んでいく。
『 … だから、 もう行かないで 』
雪と一緒に落とされたその声だけが、
俺の中で溶けずに熱を残していた。
すぐに返事をしなかった。
言葉にしてしまうには、
今この瞬間はあまりにも綺麗で、 脆かったから。
街灯の光が、 雪を淡く照らしている。
視線を落とすと
ゆっくり落ちてくる雪が、
ジュンソの黒い髪に溶けるみたいに積もっていく。
吐く息は白いのに、
掴まれた腕のところだけが妙に熱かった。
離さないように、 無意識に力が入っているのが分かる。
その必死さが、 胸の奥を静かに揺らした。
ジュンソは、 少し苦しそうな顔のまま俺を
見上げている。
視線を落とした先で、瞳が揺れていた。
逃げないでほしいって、 言葉より先に伝わってきた。
その顔を見た瞬間、 胸の奥に積もっていたものが、
雪解けみたいにゆっくり崩れていく。
そんな顔されたら、 もう何も隠せない。
俺は小さく息を吐く。
白く滲んだ呼吸が、 一瞬だけ二人の間を覆った。
掴まれていない方の手を持ち上げる。
ジュンソの肩が微かに揺れる。
冷えた指先を、 そっとジュンソの頬に当てた。
外気で冷たくなっていた肌の奥に、 確かな熱がある。
その温度が、 じわりと手のひらへ移ってきた。
親指で頬を撫でると、 ジュンソが小さく息を呑む。
雪の降る音だけが静かに響く中、
俺はゆっくり身体を屈めた。
近づくたび、 ジュンソの睫毛が震える。
白い吐息が混ざり合う距離。
あと少しで触れるところで、
掴まれていた腕にまた力が入った。
まるで、 ここで離れたら消えてしまうものを
繋ぎ止めるみたいに。
俺は目を伏せたまま、 静かに唇を重ねた。
最初は、 雪が肩へ落ちるみたいに淡く。
けれど触れた瞬間、 冷え切っていた身体の奥にまで、
熱が流れ込んでくる気がした。
ジュンソの呼吸が伝わる。
頬に添えた手のひら越しに、
鼓動まで伝わってきそうだった。
夜の冷たさも、 降り積もる雪も、 遠くなっていく。
今この瞬間だけ、 世界から音が消えたみたいだった。
唇を離しても、 距離はほとんど変わらない。
額が触れそうなほど近いまま、
俺はゆっくり目を開ける。
街灯の光が、少しだけ滲んで、揺れて見えた。
俺は頬に触れたまま、 小さく息を零した。
「 もう離しません 」
To get it back .
前回からかなり時間が空いてしまったんですが、
これにて完結という形にさせていただきました😸
ここまで読んでくださり、
本当にありがとうございました(т-т)












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。