高校を卒業して2ヶ月経った5月のある日、
栃木の親戚からイチゴが届いた。
去年、大星が家に遊びに来た時にあげたら喜んでいたのを思い出した私は、大星の分を取って、袋に詰めて渡しに行った。
大星とはホワイトデーの日から会っていない。
大星家にいるかな?
もし居たらその時はちょっと大学の近況の話をしよう。
インターホンを押すと、大星のお母さんが出てきた。
「あら!千紗乃ちゃん!」
「ご無沙汰しています!」
「ね!久しぶりね!大学入学おめでとうね。」
「ありがとうございます!あの、家の栃木の親戚からイチゴ送られてきて、大星くんに去年あげたら喜んでもらえたので、お裾分けです!」
と、おばさんにイチゴを渡す。おばさんは受け取りながらこう言った。
「ありがとう。でも、本人から聞いてないの?大星、ここには今居ないのよ?」
「…え?」
ここには居ないって、出かけてるって事だよね…?
おばさんは続けた。
「大星、3月の下旬くらいに大学の近くに引っ越したの。今は一人暮らしをしてるよ。」
そんなの聞いてない…!!引っ越すなんていつから決まってたんだろう…!
「そうなんですか…!?」
「千紗乃ちゃんに言ってないなんて。ごめんねあの子ったら。」
「いえいえ!教えてくれてありがとうございます!大星にはLINEしてみます!」
という事で家に帰ってからまず大星に電話をする。
でも、大星は出なかった。
なので大星には、
「大星引っ越したの!?聞いてない!!今どこに住んでるの?」
と送った。
大星、なんでそんな大事なこと私に教えてくれなかったの…?
…もしかして、もう私に会わないつもりだった……?
だからホワイトデーの時に、私への気持ちを全部話してくれたの?
なんで黙って居なくなっちゃうの…?
大星…。会いたいよ……。
私はベッドの上でポロポロと涙を流した。
それから後日、私はうちの大学の近くのカフェレストランで奏太と会っていた。実は奏太、大学進学を機に千葉から東京に越してきたのだ。だから前よりかなり会いやすくなった。
奏太は引っ越しのことちゃんと教えてくれたのにな…。
なので奏太にもイチゴを渡しつつ、この間このイチゴを持って行った日の事を伝えた。
「えぇ!?大星が黙って引っ越した!?」
「そうなの…。その様子だと、奏太も知らないみたいだね。」
「うん。知らんかった。」
「お姉ちゃんにも念の為聞いてみたんだけど、そんなの知るわけないって。私に黙って引っ越すとか何様?って言ってた。」
「…なんとも宏姉らしい返しじゃのぉ。」
「ね…。それで、LINEも送ってみてるんだけど既読にすらならなくて…。奏太も送ってみてもらえないかな?」
「了解。」
そう言って奏太は大星に、
「引っ越したって聞いたけど、今どの辺に住んでるの?俺も千葉から東京に越してきたよ!」
と送った。
それから奏太はうーんと唸った後こう尋ねてきた。
「千紗乃、大星が進学した大学の名前覚えとらんの?」
「え?」
「俺、前に聞いた気がするのに忘れてしまっての…。覚えとらんか?最悪このまま返事が来なかったら、大学に会いに行ってみようや!」
「なるほど!良いね!」
そういえば、大学名までは言われていなかったかもしれない。でも、大星の事だから絶対に頭のいい大学に通っているに違いない。
「でも、名前全然覚えてない…。」
「だよなぁ。」
知ってるとしたら…
あ!
私はとある人を思い出した。
「絢斗くんだ!」
「絢斗くん?」
「うん!友達の彼氏!大星、その子と仲良かったって聞くから!」
という事で、私は絢斗くんの連絡先は知らないので、由香っちに電話をしてみた。でも、授業中だったのか、電話に出なかった。折り返しを待つことにしよう。
その時奏太がネットでこう検索をかけた。
「大星ってインテリアとか学びたいって話だったよな?」
「うん!インテリアとか空間デザイン?って言ってたよ!」
という事でそれらのワードを入れて、
「大学 インテリア 空間デザイン…っと。」
検索をかけると何件か出てきた。
「…どれや。」
「意外とあるねぇ。」
あれやこれやと探していると、由香っちからの折り返しの電話が来た。
「千紗乃!電話きとるで!」
「あ!由香っち!さっきかけた子からだよ!出るね!」
由香っちの声を聞くのは卒業して1回遊んで以来だ。
「もしもしちーちゃん?どしたー?」
「あぁ、ごめんね電話!」
「うん!大丈夫!」
由香っちにも事情を話すと、
「美嶋のやつ、やってくれるねぇ。なるほど、絢斗が知ってるか聞いてみればいいんだね?」
「うん!お願いできる?」
「了解!でも絢斗の事だからあんまり期待しないほうが良いよ。」
と言われた。失礼ながらその言葉がどこか心にストンと落ちた私。
「確かに…。」
電話を終えて少しした後に由香っちからLINEが入った。
「ごめんー!絢斗出なかったよ!ほんと使えない…。」
そっか、絢斗くん電話出なかったか。忙しいんだろうな。
「了解!進展あったらお願いします!」
と送って、奏太との会話を続けた。
「そしたら、その友達からの情報で大学名が分かったら、探しに行ってみるか。」
と奏太。
「うん!そうしたい!!行こう!!」
それから何日かしても大星から返事は2人とも貰えず…。
大星からの返事よりも先に、絢斗くんを経由して由香っちから大学名を教えてもらえた私達は、その大学へと向かった。
でも…
「待って!ひっっろ!!!」
すごく大きくて広すぎて探すのなんて無理に近かった。学生なんてたくさんいるし…。
「千紗乃落ち着こう。学科に絞って探せば良いんじゃけぇ。」
「あ、そうか…。」
でも、大星の学科の塔まではかなりある。すごい敷地が広いなぁ。
実際に行ってみたものの、そこの学生の数もたくさんいて、さすがに1時間では大星を見つけられなかった。
それに、これ以上ここに居座っていたら、私も授業に遅刻してしまう。
奏太もそろそろ移動しないといけないようだ。
もう、行かないと。
「奏太、付き合ってくれてありがとう。」
「いいえ。結局見つからんかったの。」
「授業の時間と被ったのかな…?」
「さすがに教室には入れんからな…。この大学から、俺ん所の大学までそう離れてないけぇ、合間みて探しに来てみるわ。返事来るかは分からんけど、大星の返事も待ってみるよ。」
「心強いよぉ…ありがとう!」
それから、大星の通う大学を出て駅に向かっている途中、由香っちから電話があった。
何かと思うと、
「もしもしちーちゃん?今平気?」
「うん!少しなら!」
「うちの大学の外のフリーテラスにさ、美嶋の彼女が居たの!」
「え!?」
私が声を上げると、心配した奏太が私のスマホに近付き、大星の事と察したのか隣で腕を組み見守ってくれていた。
「大学同じだったってこと?」
「大学自体は違うみたいで、友達と食事してたんだよね。で、友達がトイレか何かで席を外した瞬間に話しかけに行ったのよ!」
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え、あそこにいるの、美嶋の彼女じゃん!
丁度少し前にちーちゃんから美嶋が引っ越して会えなくなった事を聞いていた私は、何かの手がかりになればと思って、近くのテラス席に座って隙を伺った。
彼女の友達が席を立った時、私は早速彼女に話しかけてみた。
「すみません、ちょっと良いですか?」
「え?はい…。」
もちろんその子は戸惑っていた。でも、聞かないと何も始まらない。
「美嶋大星くん、知ってるよね?」
と聞くと、
「大星?うん!知ってる知ってる!あなた、大星の友達?」
「そう。去年海に美嶋と来てたよね?」
と問いかけると、
「あ!なんかそういえば、大星の高校の友達と遭遇したっけね。その時に来てたのか!それで私を…?」
と、話が通じた。
「そうそう!」
「そうなんだ!あぁ、立ってるのもあれでしょ?座って!」
とその子は連れの友達が座っていなかった方の椅子を引き、私に座るよう促してきた。
「名前は?」
「原西由香って言います。」
「あぁ、私は如月美蘭っていうの。それで由香ちゃん。大星がどうかしたの?」
私は手を組んで前のめりになって話した。
「うん。実は美嶋と連絡が付かなくて。家も引っ越しちゃったみたいでコンタクトも取れないんだって。友達が困っててさ。何か知らない?」
美蘭ちゃんは目を丸くしていた。
「へぇ!大星実家出たんだぁ?」
と言うから、違和感を感じて、
「あれ?美蘭ちゃんは美嶋と付き合ってるんじゃないの?」
と尋ねてみると、
「大星とならホワイトデーの日に別れたよ。」
と言った。
「え…うそ…。」
何があったのか気になったが、尋ねる前に美蘭ちゃんは続けて話してくれた。
「って言っても、お互いに振ったんだけどね。大星もさ、俺も言おうと思ってたって。なんか、いろいろとリセットしたいみたいで。」
リセット…?それが気になったけど、美蘭ちゃんがなんで美嶋を振ったのかも聞いてみた。
「え…?ちなみに…美蘭ちゃんはなんで美嶋を?」
「んー?大星の事は好きだったけど、なんか無理して付き合ってる感じがしてさ。大星には本命の子がいるし、やっぱりそっちと頑張って貰えたらなって。」
美嶋の本命…!?それって…。
美嶋はちーちゃんと別れてからというもの、吹っ切れて美蘭ちゃんと付き合っていたと思っていた。でも、この言い草だとそうじゃない。
ちーちゃんから塗り替える為にこの子と付き合ってたように聞こえる。
って事は、リセットってつまり、
ちーちゃんの事も美蘭ちゃんの事もリセットして、1回自分の恋愛事情をまっさら0の状態にする為に蹴りをつけたってこと?
「じゃあ、以来美嶋とは会ってない…?」
「うん。連絡も取ってないなぁ。引っ越したのも初耳だよ。」
そっか…そういう事か。
もしかしたら本気でもうちーちゃんと会わない気でいるのかもしれない。
私はこの出来事をそのままちーちゃんに伝えた。
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由香っちとの電話を終えて、私は力が抜けた。
大星はもう本当に私に二度と会わないつもりでいるのかも。
「…奏太、大星…もう私と会う気ないみたい…。」
ちゃんと奏太にもその後今聞いた内容を共有した。
それから数日後。土曜日に亜美ちゃんのバイト先に2年の時のイツメン4人で集まって、大星との近況を全て話した。
ホワイトデーの事も、イチゴを渡しに行ってからの話も。
すると亜美ちゃんがこんなことを言う。
「ねぇ、美嶋はなんで千紗乃に告った後、付き合ってくださいって言わなかったんだろうか。」
「え?」
「だって、千紗乃は彼氏いなかったわけじゃん。もう一度俺と付き合ってくださいなんて、いくらでも言えたじゃん。」
それを聞いてこはるんが口を開く。
「確かにそうだね!でも待って?元々別れたのって、千紗乃ちゃんが奏太くんの事が好きだったからだよね?その後に奏太くんに告白して、振られたって事は美嶋くん知ってるの?」
そういえば、大星と別れてからは、大星の気持ちに配慮して、奏太との恋愛事情の事は何一つ伝えずにいた。
「ううん。何も知らない。奏太の話して、また嫌な顔されても嫌だったから。彼女さん居たとはいえ、なんか話す気にはなれなかったなぁ。」
すると由香っちが今度はこんな事を言う。
「あれじゃない?勝手に美嶋が、奏太くんとちーちゃんが上手くいって、付き合ってるもんだと勘違いしてるんじゃない?」
「え!!」
「だとしたら、話は繋がるよ?ちーちゃんには奏太くんと言う彼氏がいる…。だから俺はもうちーちゃんの事いい加減忘れなきゃ的な。」
「だから美嶋は千紗乃ともう会わないつもりでいるって事?わざわざ会わないようにする必要なくない?普通に友達としてさ、引っ越すよー!遊びに来てね!とかあってもよくない?」
と亜美ちゃんが由香っちの言葉の後に続いた。
その亜美ちゃんの言葉にうーんと唸って考えた後にこはるんがこんなことを言う。
「それが無理なんでしょう。千紗乃ちゃんの事が好き過ぎて。」
え…?私の事が…好き過ぎて…?
「美嶋くんが仮に、本当に奏太くんと千紗乃ちゃんが付き合ってると勘違いしてたとして、奏太くんの物になってしまった千紗乃ちゃんといるのなんて、めちゃくちゃ辛くて耐えられないと感じたんじゃない?叶わない恋をし続けるのはもう苦しい的な。」
「……もう会わないくらいの事をしないと、千紗乃への恋心を取り除けないって考えたんじゃ無いかってこと?」
「うん。私はそんな気がするよ。」
みんなの会話を聞いていて思った。
私、大星の事傷付けてしかいないじゃん…。
私が大星と出会ってさえいなければ、大星をこんなに辛い思いさせることはなかったんだ。
全部、私のせいだ。
こんな自分が嫌だ。
私は俯きそのまま涙が溢れた。
大泣きする私をみんなは心配してくれる。
大星には会いたい。
すごく会いたい。
でも、もうこれ以上私が余計な事をして、大星に会おうとしてしまったら、また大星を傷付けることになる。
大星の気持ちを汲んであげるべきだと考えた。
みんなは、
「ちーちゃんが美嶋に会いたいなら、いくらでも協力するからね!」
「うん!そうだよ!美嶋のこと探そうよ!」
「由香ちゃん!絢斗くんから家の住所とか知らないのかも聞いてみてよ!」
なんて、私の背中を押してくれたけど、
「……もう…良いんだ。」
「え…?」
みんな私の顔を見て驚く。
大星だってもう、私には会いたくないはずだ。
「みんな…ありがとうね。もう……これ以上は良いよ…。私と大星はもう……会っちゃいけない………。大星の傷をこれ以上抉りたくない……。」
それからというもの、みんなも私の気持ちを汲んで、この作戦をストップさせた。
それから1年後の秋。
ある日の金曜日。
私は友達に誘われ、合コンに混ざってくれないかと頼まれた。
風邪を引いていてちょっと体がダルいけど、きっと大丈夫。行かないとキャンセル料もかかってしまうとかなんかで、みんなに迷惑掛けてしまうから、とりあえず行くだけ行こう。
それに、今日の相手は大星の通う大学の男子が来ると言うから、大星が来たりしないかな…?なんて、そんな淡い期待もしてしまっていた。
もう会う為の行動はしないって決めたのに、どうやらまだどこかで諦めていない自分がいたようだ。
今日のお店はすごくオシャレなダイニングバル。
この間20歳になったばかりだから、もうお酒も飲める!
ただ、今日はやめておけばよかった。風邪の時にお酒を飲むもんじゃない。お酒の回りも早くてもうクラクラ…。
会の後半から全然話せてないし気持ち悪い。
それに、今日のメンバーの中に大星は居なかったんだ。
「この子どうする?お前持ち帰る?」
「ちょっと!何言ってんの?彼女体調悪かったみたいだから、家帰してあげてよ!」
「千紗乃、大丈夫?」
そんな会話がうっすら聞こえる。
もうダメだ…。
大星にも会えないし最悪だ…。
大星…会いたいよ。
どこにいるの…?
大星…!!
次の瞬間、不思議な事にもう朝になっていて、私は知らない人の家にいた。
部屋の電気は消され、太陽の光が差し込む。
ハッとして慌ててスマホを探そうとするも、頭がガンガンして、痛くて探す事も困難。
しかし、誰の家だろう?
私の健康管理不足のせいで、他の人にこうして迷惑をかけてしまった。
わざわざ熱さまシートまで貼ってくれてるし、氷もあった。
それに服もスウェットになってる…。
着替えさせてくれた…?
え…!裸見られた…?いや、下着はそのままか…?
…なんて言ってる場合じゃない。
私が体調悪い事に気付いて看病してくれたんだな…。優しい。
でも、この家の住人は…?
私、人のベッドを1人で占領している。
ふと下を覗くと、昨日メンバーに居た人らしき男性が、布団にくるまって床で寝ていた。
私の方はしっかりとした布団が掛けられてたのに、この人の分の布団まで奪ってしまったか。
まだ寝ているようだし、起こさないでおこう。起きたらお礼を言わなくちゃ。
それから、何とかして上体を起こした私。
すごく整理されている部屋で、どこか懐かしさも感じた。
そしてスマホを探す。気が利く事に、スマホは枕の横に置かれ、しかも充電コードまで刺してくれていた。
スマホの画面を照らしてみると…
げ。
お母さんから不在着信が沢山来てる。
お姉ちゃんからも来てるし、
玲ちゃんからはLINEが来ていた。
「昨日体調悪そうだったけど、あの後大丈夫だったー?」
と。
私はそのままベッドから立ち、その人を起こさないように部屋を出て扉を閉め、薄暗い廊下で電話をした。寒いので、毛布ごと持ってくるまりながら、体育座りをして電話をかけた。8時だし、もうお母さんも起きているだろう。
電話ではお母さんに酷く怒られた。
「誰の家なの…!?もう!大丈夫なの?」
「でも、熱さまシートも貼ってくれて…」
なんて話していると、住人の人が起きてしまったようで、様子を見に廊下まで来てしまった。
どうしよう。昨日の人の名前なんだっけ…?
祐太郎くんと…?寛人くん?あれ?なんだっけ、あと一人は明徳くん?あれ?記憶も曖昧だ。
すると、背後からその人にスマホを奪われてしまった。
その人は私の代わりに事情を説明してくれた。
「もしもし。ご無沙汰してます。美嶋です。」
え…?今なんて………?
美嶋?え?
私は、自分の後ろに立って壁に寄りかかりながら電話をする彼をよく見てみた。
「おばさん。久しぶりです。……はい。………えぇ、38度くらいあったみたいで。………はい。………いや、一緒に居たわけじゃなくて、昨日たまたま俺のバイト先に来店してたみたいで。」
私は途端に脈拍が上がった。
え…?本当にそうだよね?
ちょっと前より襟足の髪が短くなっているようだったし、
髪色も少し変わってるように見えるけど、
どう見たってどう声を聞いたって…
私の後ろにいるのは紛れも無く私が1番会いたかった人だ。
「はい。…いやいや、大丈夫ですよ。僕からもまた連絡しますね。はい。失礼します…。」
彼は電話を切ると、ゆっくりしゃがんで私にスマホを差し出した。
「久しぶり。分かる?」
何言ってんの…?分かるに決まってんじゃん…!
「分かるよ…!大星でしょう?」
「うん。」
私は嬉しくて、大星にギューってしがみついて喚くように号泣した。
「なんで泣くんだよ…。」
「だって…。」
大星は冷静で、そのまま私を軽々と持ち上げて、
「ほら、今は寝てなさい。」
と言って、ベッドに戻された。
大星にやっと会えたのに…いろいろと聞きたい事があるのに…なんで私熱なんか出してるの…?
なんで元気な状態でここに居ないの…?
悔しい。
でも、大星に会えたのは胸が張り裂けるくらいに嬉しい。
夢じゃないんだよね?
「おい。熱計るぞ。」
と言って大星はベッドの横にしゃがんで体温計を差し出してきた。
「うん。」
受け取って脇に挟み、少ししてピピピっと音が鳴る。体温は37.8だった。
「少し下がったけどまだ高いな…。」
と大星。
道理でボーッともするし、節々が痛いわけだ。
「昨日…何度あったの……?」
「ここに着いて計った時は38.2あったよ。つーか、そんな状態で合コン参加して酒飲むとかただの馬鹿。自分の体もっと労れよ。」
「ごめんなさい……。」
大星はムスッとした顔をしたまま続ける。
「俺の店で良かったな。感謝しろよほんと。」
「…じゃあ…大星がここまで私を運んでくれたの?」
「そうだよ。」
「うわぁ…。本当にありがとう……。」
私はまだ密かに涙が流れたままで、枕のカバーが湿っていた。
すごく胸が苦しい。熱のせいかな…?
それとも、大星に会えたから…?
久しぶりの大星に触れたい…。私は布団の中から左手を出して、
「大星…手…。」
と言った。
大星に手を握ってもらいたかったんだ。
すると、大星はため息を着いた後、儚そうな顔をしながら私の指の数本をキュッと握ってくれた。
それからこんな質問が飛んできた。
「お前……奏太は?」
前にみんなで話した、大星が私が奏太と付き合っていると勘違いしている説。今ので確定した。大星は本当に付き合ってると思い込んでいたようだ。
「奏太…?奏太とは…付き合ってないよ。」
「え……?そうなの?」
「うん。……前に告白したけど……高3のときに振られちゃった。」
「………知らなかった。そうだったか。ごめん。嫌な事思い出させたな。」
大星は目を瞑った後に、手を離して立ち上がり、
「夕方くらいに宏乃が外出先から帰ってくるから、そしたら宏乃が車出して迎えに来てくれるってさ。」
と言った。
「え……?」
「帰んねーと家族が心配すんだろ。それにここで寝るより自分のベッドが1番落ち着くだろ。」
と言って大星は冷蔵庫から水を取り出しに行った。
「水いる?」
「…ほしい……。」
「はいよ。」
それから注いで帰ってきた大星。私も上体を起こしてコップを貰って水をゆっくり飲んだ。
大星もベッド横のローテーブルの周りに敷いてあるクッションの上に座りながら、頬杖を着いて水を飲んだ。
大星の横顔を眺めては、私の心臓は不思議とドキドキ…とうるさい脈拍の音を鳴らしていた。
無言なのはもったいない。何か話したい…と思っても、言葉じゃなくて咳が出てしまう私。
「大丈夫か?近くの病院連れてこうか?」
と大星。私は首を振り、
「ううん。大丈夫。帰ってから地元の病院に行くよ。」
と言った。
「平気かよ。家着く時間には病院もう閉まってるんじゃねぇの?今日、土曜だぞ?どこも午前しか診療やってないんじゃねーの?」
という事で、大星に付き添ってもらい、病院で診察を受け薬をもらって戻ってきた。
優しいことに、その後大星がお粥を作ってくれた。
大星、料理苦手だったはずなのに。でも、さすがにもう1年以上も一人暮らししていると、出来るようになるんだろうな。
ベッドで布団の中に入り、上体を起こした状態で待っていると、
「食べて薬飲んで、宏乃来るまで寝てろ。起こすから。」
と言って、お粥とお水と薬を乗せたお盆を持ってきて、私の足の上に置いた。
「うん……。」
そういえば大星、今日は予定とか無かったんだろうか…?心配になって聞いてみた。
「大星…いろいろと何から何までありがとう。……今日予定とか…大丈夫だったの?」
と聞くと、
「良いからそう言うの。気にすんな。」
と返されてしまった。
行動は優しくとも、言葉にはずっとどこか棘がある。
一緒にいるのに、大星の事がまだ遠く感じる。
そして、食べ終わったので、片そうと思いベッドから下りようとすると、
「あぁあぁ、良いから。そこのテーブル置いとけ。」
とテーブルを指でさしながらピシャリと言われた。
「ごめん。ありがとう。」
大星はお粥を私に出してから、ずっとパソコンのデスクに向かって何かを作業していた。
恐る恐る、
「大学の課題…?」
と聞いてみた。
「うん。そんな感じ。」
と大星。
覗いてみると、何か図面のようなものをソフトを使って描いていた。
「すごいね。難しそう。」
と言うも、特に大星からのリアクションは無い。
私はまだ体がだるくて頭も痛かったから、そのまま寝そべり、眠りについた。
眠りについてしばらくして、目が覚めた。
スマホを確認すると、16時を過ぎていた。
お姉ちゃんからもLINEが入っていて、
「今から行くから大人しくしてろよ!」
というメッセージが15分ほど前に来ていたのを確認した。
家からここまでどれくらいで着くんだろう。
それに、大星の家の最寄り駅がどこなのかもよく分かっていない。
一先ず私はトイレに行きたくて、ベッドを下りようとすると、
なんと、大星がベッドの掛け布団に頭をつけて、あぐら座りした状態で突っ伏して寝ていたのだ。
ずっと私の看病しててくれたのかな…?
そんな大星がすごく愛くるしい。
また泣きそうになる私。
「ありがとう。」
と小さい声で呟いて、大星の髪に触れた。
そうしていると、大星が起きちゃって…頭を上げて、ボーッとした状態で、私の顔を見つめてきた。
「…何してんの…?」
そんな起きたての大星の顔が酷く色っぽい。
「あぁ…ごめん。トイレ借りるね。」
「あぁ…。トイレあそこね。」
大星からトイレの場所を教えてもらい、ベッドからおりてトイレに移動した。
私、なんか変だ。
熱の状態で大星に会うと、こんなにバクバクするんだ…?
あぁ…早く熱よ引いてくれ…。
そして、17時半前になり、お姉ちゃんが車で迎えに来てくれた。
「千紗乃がすまんな。ほんと、あんたって子は。」
「ごめんなさい…。」
それから荷物をまとめて出ようとすると、お姉ちゃんが大星に、
「つーか連絡寄越さず引越しとかどーゆー事?お前、何様のつもり?私に何の連絡もなく。心配するじゃないよ。」
と怒った。すかさず大星はお姉ちゃんに言い返す。
「何様とか言うけどお前こそ何様なん?」
「あー!可愛くない!行くよ千紗乃。大星、また連絡しなさいよ?良いわね?」
と言って扉を閉めようとするお姉ちゃん。大星はそれを遮り、
「下まで行くよ。」
と言って、さりげなく私の腕を取り、大星の肩に回して一緒に階段をおりてくれた。
「じゃあね。」
「大星…。ありがとう。」
「いいえ。気を付けてな。」
と言って私を車の後ろの席に乗せた。
もうこれが最後…?
せっかく会えたのに…。
やっぱり、大星に会うと、何度でもまた会いたいって思うようになってしまった。
私と居たら大星が傷付くかもしれないとか思った日から1年以上が経っているし、もうまた大星とこうして会ったって良いよね…?
大星は会ってくれるかな…?
私は大星に、
「また…会いに来てもいい?」
と聞いた。
大星はそっぽを向き、
「困る。」
と、ぼそっとそう返事をされた。
それを聞いてズキンとする私。また泣きそうな気持ちになる。
でも、その言葉には続きがあった。
「………せめて来る前に一言連絡貰えないとさすがに困る。」
それを聞いて私は安心した。
そう言うって事は……また会いに来ていいよって事だよね…!?
「うん。分かった。」
「千紗乃、出るよー。」
「うん。」
それから車は動きだし、大星は小さく手を振って見送ってくれた。
私は大星が小さくなっても振り続けた。30秒後には曲がり角にさしかかってしまったから、もう大星の姿は見えなくなってしまった。
するとお姉ちゃんがミラー越しに私に話しかけてきた。
「千紗乃、なんであんたそんなに泣いてんの?」
え…?
お姉ちゃんにバレていた。私が泣いていることを。
「だって…久しぶりに大星に会えたから…。もう会えないと思ってたから本当に嬉しくて……。大星、私の事すごく気遣ってくれて…病院にも連れてってくれたし…お粥も作ってくれて……。大星の優しさが…心に染みるの……。」
そんな私の言葉を聞いて、お姉ちゃんはフッと笑ってこう言った。
「LIKEじゃなくなったね千紗乃。」
「え…!?」
「大星の事、好きなんだね。」
その言葉を言われて息を飲んだ私。
あぁ…そうなんだ…。
全部が全部、熱のせいで苦しいわけじゃなかったんだ。
私今、大星に恋してるんだ…!!!
続く
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!