小学5年生の春。
体育の授業でドッジボールをやる事になった。
その時にしぶとくボールを掴んで男子相手にワンパクにボールを投げてくる、1人の女子がいた。
その子はショートカットで、目が大きくて、綺麗な顔立ちをしていた。
俺はその女子に負けたくなくて、ムキになってその子に向かって投げ続けた。
でも、その子の方が1枚上手で俺は彼女にボールを当てられる始末。
すごく悔しい思いをしたのを覚えてる。
これが俺と千紗乃の始まりだった。
第14話
女子のくせに。なんなんだアイツは。それから俺はよく彼女にちょっかいを出すようになった。とにかく彼女に何かしら勝ちたくて、大食い対決も申し込んだし、1on1での対決も申し込んだし、図工でどっちが完成度の高い物を作れるかの対決もした。
でも、対決と思っているのは俺だけだった。
1on1だって、当時俺の方が身長も低くて、10cm以上俺より高い千紗乃が圧勝だったのにも関わらず、
「大星くん!すごく上手!!負けるかと思った!」
なんて笑顔で言ってくるし、
「わぁ!大星くんの作るこの作品すごい!ねぇみんな見て見て!すごいよ!」
なんて言って感心してくるし、
千紗乃は全然勝負となんて思っていなかった。そんな彼女に腹を立てて、彼女の作品を壊してしまった事もあった。怒りゃ良いのに千紗乃は泣きそうな面をしながら拾い集めてさ。
「なんで怒らない?」
って俺が言うと、
「私、大星くんに何か悪い事しちゃったんでしょう?むしろ、そこに気付けなくてごめんね。」
なんて言ってくるから、とんだ純粋バカだと思った。それに、5年生の時にあった体験学習の時だって、夜にナイトウォークと言って、肝試し的なものがあった。昔からホラーが苦手な俺は、それでさえも当時は怖がってしまって、クラスの奴にからかわれた。
でも、それを救ってくれたのが千紗乃だった。
「大星くんをバカにしないで!弱い部分は誰だってあるじゃん!それをみんなで助け合うのが友達ってもんじゃないの!?」
その日千紗乃は俺と手を繋いで歩いてくれた。
そこで思ったんだ。
俺は単純に、彼女の事が好きなんだって。
好きだけど素直になれない俺は、千紗乃と遊んでは対決を申し込んだり、バカにしてからかったりしていたけど、いつしか千紗乃と俺は、お互いに呼び捨てで名前を呼ぶようにもなっていたし、他の友達も交えて家に遊びに行くような仲にもなった。
千紗乃とずっと一緒にいたい。
ずっと千紗乃を見ていたい。
俺は美蘭の事があってからというもの、誰かを好きになんてなれてなかったけど、その感覚を千紗乃が思い出させてくれた。
いつかはちゃんと気持ちを伝えよう。
小5の俺にはまだ付き合うなんて概念はなかったし、好きになった後にどう行動すればいいかもよく分からずにいた。
そんな中、小6の時に越してきたのが奏太だった。
千紗乃本人は気付いていないみたいだったけど、奏太の事ばかり話すようになったし、奏太に憧れを抱いて、
「私も奏太のように足が速くなりたい!」
って、中学に入ったら陸上部入るって言うし。奏太に全部をかっさらっていかれた気分だった。
そんなある日、奏太が言ったんだ。
「俺、千紗乃に告白する。」
「え…?」
「もう少しで卒業じゃろ?じゃけぇ、卒業式の日に手紙書いてちゃんと渡そうと思うんよ。」
その時にはもう奏太は新潟に引っ越す事が決まっていて、それを知った千紗乃に大泣きされたばかりの事だった。
「奏太…千紗乃の事好きなんだ…?」
「うん。入学してしばらくして、気付いたら好きになっとった。大星、応援して欲しい。」
なんだよ、コイツら両想いかよ。
腹立つ。
千紗乃と一緒に居た期間は俺の方が長いのに、俺じゃなくてなんで奏太なんだよ。
千紗乃が自分の気持ちに気付いてしまったらもう…2人はくっついてしまう。
そんなの嫌だ。
阻止しないと。
そう思った俺は、卒業式の時に本当にずるい事をしてしまった。
卒業式当日、奏太は緊張してそのまま手紙を手に持ったまま千紗乃に渡しに行けずにいた。
その時奏太が、
「奏太くーん!卒アル書いてー!」
なんて言われて別の友達に呼ばれて席を立った。
俺は奏太の席に置きっぱなしの手紙に近付き中を確認した。
2枚目には住所と一言のメッセージ。
1枚目…。
確実に「千紗乃が好きです。」と告白する文面があったのを確認した。
奏太、ごめん。
そう思いながら俺は、奏太の手紙の1枚目を抜き取ったんだ。
こんな事してはいけない…。でも、こうでもしないと俺は奏太に千紗乃を取られてしまう…。
焦った俺は、奏太が千紗乃に手紙を渡して少ししてから、俺自身も千紗乃に告白しに行った。
でも、きっと千紗乃は今の俺のことを見ていない。だから俺はこんな伝え方をした。
「結局、千紗乃にバスケも勝ててないし、奏太にも走るの負けたままのこんな俺だけど、必ずもっと強くなって、もっと身長だって伸びるように努力してさ、千紗乃にかっこいいって思って貰えるような、そんな俺に必ずなるから!だから千紗乃、どこかでまた会おうな。かっこいい俺になったら、千紗乃さえ良かったらその時は付き合って欲しい。」
でも、千紗乃はいくらでもバスケに付き合うとか言ってきたから、これを告白とは受け取っては無さそうだった。
俺と千紗乃は脈なんて全然無いのか…?なんて失望した。
それから中学も別になって、俺は千紗乃とは全然会わなくなった。
この際もう千紗乃の事を忘れた方がいい…?だから俺は中学で、何人かと付き合ってみたりした。でも、どれも長続きなんてしなかった。
やっぱり千紗乃が好きだ、会いたい。
ただ、今すぐに会いたいと俺自身も思えなくて。俺がもっと人間としても成長して、高校に入ったくらいでもう一度会いに行きたい。そう思っていたらまさか、高校が同じになるなんて。
ちなみに、卒業式の時には俺も奏太からの手紙を貰っていた。1枚目には俺へのメッセージ。2枚目には住所と自宅の電話番号。手紙の内容は違えど、構成的には千紗乃への手紙と同じだ。
俺は奏太が渡した千紗乃への手紙の1枚を抜き取った事は本人にはもちろん言えないまま、文通でのやり取りが始まった。
たまには電話もしようと思って、新潟の奏太の自宅に電話した事もあった。
そんな時に俺は奏太から相談を受けた。
「大星、卒業式の時に俺…千紗乃に手紙渡したろう?あの手紙には、俺からの告白の文章を書いてたんじゃが、今日…千紗乃から手紙が来たんよ。」
「…うん。」
「千紗乃からの返事はその事に一切触れてなくての…。俺、振られたのかもしれん。」
違う、奏太。千紗乃はお前を振ったんじゃない。知らないんだお前の気持ちを。
だって、その手紙は俺が抜き取ったから。
罪悪感はあった、でも俺は千紗乃を奏太に取られたくなくて、
「奏太、元気出せよ。お前にはきっと…もっと良い人が他にいるよ。」
と奏太には千紗乃を諦めるよう促してしまった。
「手紙もあれかな…?そんなにしつこく送らん方がえぇかのぉ?」
「うん。やめといた方がいいと思う。」
俺はずるい
人としてすごく卑怯な奴だ。
分かってる。
でも、俺は奏太に千紗乃を取られたくなさに嘘を重ね続けた。
それから中1の秋、俺が携帯を持つようになってからは携帯番号を教えて、奏太とは携帯で連絡を取るようになった。
会うことこそは出来なかったが、月に一度は電話で近況報告はしていた。
そして中3の時に奏太から、千葉に引っ越すからまた会いたいと報告があったんだ。
そして、高校で千紗乃と再会した俺だったけど、もちろん奏太との事は伏せたままにしていた。
高校生になった千紗乃はずば抜けて美人になっていて、
久しぶりに彼女の姿を見た時は息を飲んだ。
でも、中身はそんなに変化はなかったから、俺の知ってる千紗乃だって思えてちょっとほっとしたのを覚えてる。
俺は千紗乃とクラスは一緒にはならなかったけど、部活も塾もない日に、一緒に遊んだり一緒に帰ったりしていた。
でも、その中でもアイツの名前が何度も出てくる。
奏太って。
こいつ…まだ奏太の事好きなのか…?
高校で俺と再会したっていうのに、全然見向きされてないみたいで辛かった。
だからといってすぐに告白した所で、断られる未来しか見えない。だから俺は慎重になっていた。
そんなある日、高2になってから例のお願いをされたって訳だ。
ーあのさ……私と付き合ってはもらえませんか…?
ーえ?
ー試しに付き合ってみてもらえないかなぁ?修業がしたい!
恋愛修業したいから付き合え?馬鹿言ってんじゃねぇよって最初は思った。
でも、千紗乃は至って真剣だし、それに……俺自身がラッキーだと思えてしまったんだ。
まさか向こうから付き合ってくれって言ってくるなんて思ってなかったから。
だから俺はその話に乗った。本当に誰がどう見てもずるい奴だ。
すぐに恋愛感情があるって事に気付かれたら、この関係が終わってしまうかもしれない。大星に頼みにくい…なんて思われても嫌だった俺は、千紗乃への気持ちに気付かれないようにする為にこの言葉を放った。
ーこの関係は、どっちかに好きな人ができるまでな。好きな人が出来たら、その時は別れてお互いそれぞれの道に進もう。
って。
それに、ちょっと期待出来たんだ。
千紗乃と両想いになれるかもしれないって。
だって今ここには、奏太は居ないから。
今すぐには無理でも、ゆくゆくはこのまま、俺と千紗乃が両想いになる道が見えた気がしたんだ。
そんなある日、中学の時に付き合っていた元カノに校門で待ち伏せをされた。
可愛いから良いかで付き合うって説明した俺の恋愛感覚に千紗乃が突っかかってきた。その時に俺はこう言われた。
ー付き合うのはLOVEの感情同士の人がするもんだって私に説明してくれてた大星が、なんでそんな付き合い方をしてるのかが私には理解できないの!
というが、お前だってそうじゃないか。俺は千紗乃に腹を立てて、
ーへぇ、お前よく言うよな。お前だって恋愛修業の為にっていう理由だけで好きでもない俺と今こうして試しに付き合ってるじゃん。
と言ってしまったけど、反って落ち込ませる事になってしまった。
だからその後俺は千紗乃にこう伝えた。
ー俺がいけないんだ。俺が。こんなやり方しかできない、不器用な俺がいけないんだよ。好きになれるんだったら苦労しないよ。
そう。他の奴を好きになれるんだったら苦労しない。千紗乃の事をしぶとく諦められないから、こんな恋愛の仕方しか出来なくなってた。
そんな不器用な俺を修業相手に選んでくれた千紗乃が、手を繋ごうとしてきてくれた。
でも彼女は緊張して、なかなか繋げずにいる事に気付いた。
そんな彼女が愛しくて、俺から手を繋いだ。
いつも受け身になっちゃってごめんな。
お前が好き過ぎて、ビビって全然アクションかけられないよ。
それから少しして、千紗乃が俺に勉強を教えてくれと頼んできた。テスト近いからその対策にという事だそうだ。
その話の中で、千紗乃が授業中寝てることを少しからかった時に、サイダーのペットボトルを開けるのに捻ったら、一気に吹き出してきた。バチが当たったと言う千紗乃と、気付けば蛇口の水の掛け合いをしていた。
ーこのやろマジで…。冷てー。お前のせいで前髪も濡れたわ。くそー。マジで今にお前をプールの中に放り投げたいくらいだ。」
ーえっ!大星、私をかつげるの?昔は私がおんぶしてたのに。
ーお前それ何年前の話だよ。それに前からお前ん事もおぶれただろうが。
ーだって腕相撲だって昔は私が勝ってたくらいじゃん!
おいおい。お前の中の俺は何歳でストップしてるんだよ。俺はお前と同じ高校生なんですけど?って思っていた。
ーだから、何年前の話?
そしたら、また千紗乃が奏太の話を出してきたんだ。
ー当時は奏太の方が力あったもんね!奏太、色白で華奢なくせに、どこからそんな力が出てくるの?って感じだったよね!
また奏太の話…?
俺はここに居ない奏太以下か?
それで俺はムッとして千紗乃を抱き抱えたんだ。俺にだって力はあるって、今の高校生としての俺の腕の力を知らしめてやりたかった。それに…
ー奏太になんか負けねぇし。
力でも、恋愛でも、俺は奏太になんか絶対負けない。
あの時放ったその言葉にはそういう思いがあったんだ。
でも千紗乃は全然俺の事を男として意識してくれなかった。それに、男の事なんも分かってない。
勉強教えるのに家に来た千紗乃は、何の躊躇もなくベッドに乗るし、しかもそんなに肩出して露出して。あの日俺がどれだけ抑えたと思ってんだ。
だから押し倒した後も俺はそれ以上の事はしなかった。
何より、
ーじゃあ何?お前、あのまま俺がお前を襲ってても良かったって事?
ーか…彼氏だし……。
ーじゃあお前は俺としたかったって事?
ーいや…それは………。
千紗乃が俺としたいって思ってないのに無理にしたくなかったし、するべきじゃないと思えたんだ。
千紗乃の本心なんてすぐに分かるよ。
ーだからだよ。俺がやめたのは。
それに、俺だって嫌われたくなかった。無理にその続きをしていたらどうなっていたか…。
お前の事が大切過ぎて、俺はハグから先が全然出来なかった。
ーごめん……俺が無理だったわ。
本当に好きな人と付き合うと、俺ってこんなふうになるんだな。こんな感覚は俺自身初めてだった。
何をするにも怖くて自分からいけない。
でも、無理だったって言ったことによって、千紗乃が誤解してしまって、俺に嫌われたもんだと勘違いをおこした。
そうやってずっと俺の事を慕ってくれて、嫌われたくないなんて言ってくれる千紗乃が本当に可愛くて俺には愛くるしかったよ。
好きって伝えたかった。
でも怖い…。だから俺はせめてもの想いで観覧車の中でこう伝えた。
ー俺はお前を嫌わねーよ。一生嫌いになんてなるかよ。
裏を返せば、「俺は一生お前が好きだ」って言っている、むしろもう告白のような言葉だった。
まぁ、そんな事に千紗乃が気付くはずがないんだけどね。
せっかくキスする流れに持っていけたのに、観覧車がもう下に着いてたなんて、笑っちゃったよ。
そしたら今度は、俺と千紗乃の両方が告白を受ける自体になった。
俺は千紗乃とこのまま付き合い続けたいし、千紗乃を好きだったからこそ、手放したくなかった。
でも、千紗乃まで告られたって言うから、俺は急に怖くなった。自信がなかったからだ。どうせあいつは俺を選ばないんだろ?なんて。
ー俺らは確かに彼氏と彼女の関係になった。俺も、お前と遊びで付き合ってない事は確かだよ。でもこの関係は所詮、お前の恋愛修業の過程の関係に過ぎない。
だから俺はひねくれた態度を取って千紗乃を突き放してしまった。
何やってんだ。本当に不器用だ。
お前が好きだ。だから俺のそばにいてくれ。
そう伝える選択だってできたじゃねぇかよ。
俺は不器用な自分を恨んだ。なのに千紗乃は…道田じゃなくて俺を選んでくれた。
ー俺で……良いんだな?
ーうん。
ーあぁあ。もったいなっ!
ーな、なんで笑うの?
ー道田良い奴なのに。次にお前がいつ告られるかなんて分かんないぞ?知らないからな俺は。
千紗乃が俺の事を選んでくれた事がすごく嬉しかったくせに。俺は何を言ってんだ。
素直になれない俺は、千紗乃にそう伝えることしか出来なかった。
でも、この事で少しだけ自信がついた。
千紗乃と両想いになれるかもしれないって。
それに千紗乃は、その後にあった俺の剣道の練習試合の時に、俺が美蘭にキスされた事を坂崎さん経由で知った時に、嫉妬心を起こした。
俺は千紗乃がそんな風に思ってくれる事が嬉しくて、好きだって気持ちが溢れかえってきた。
あの時の気持ちのメーターは最早、好きを通り越していた。
愛してる。
口にこそしなかったけど、俺はその気持ちをキスに込めた。
千紗乃も俺のキスを受け入れてくれたし、
もうこのまま俺は千紗乃と両想いになれると思った。
でも、あいつの口からはやっぱり奏太の名前が出る。
花火大会の時なんて、奏太との懐かしい思い出の話をした後に、花火を見ながら無意識に泣き出す始末だ。
ー多分、花火が綺麗だったから感動しちゃったのかも!
千紗乃はそうは言ったものの、どこかぎこちない顔をしていた。
本当にそうなのか…?
お前本当は、奏太の事思い出して泣いてたんじゃないのか…?
だから俺は丘の上でこう伝えて千紗乃にキスをした。
ー奏太の話をしてる時のお前が嫌いなんだ。
俺はこんなに想ってるのに、どうして見てくれない…?千紗乃は奏太に会いたいという本心を俺に伝えてきた。
奏太は千葉にいる。会おうと思ったら会える距離だ。でも、俺は千紗乃と奏太を会わせたくなかった。
だって会える距離に居るって知ってしまったら…千紗乃はもう奏太への気持ちが溢れかえって、俺の事を見てくれないと思った。
だから、奏太の今居る場所を伝えないまま、諦めさせようとした。
ー千紗乃は馬鹿だな。奏太、途中でお前に手紙返さなくなったんだろ…?今の連絡先も知らない。どこに住んでるかも知らない。それなのに、どうやって会えるっていうんだよ。良いか?奏太とはもう、会えないんだよ。もっと現実を見ろよ。
ーなんでそう決めつけるの!?どこかでまた会えるかもしれないって、願うことすらいけないっていうの?願うことは自由じゃん。
そんなに会いたいか…?
なぁ。
なんで俺じゃなくて奏太なんだよ…!!
ー諦めろ千紗乃。もう奏太だって、俺達のことなんて忘れてるんだよ。手紙も寄越してこないのがその証拠だろ。奏太の事思ってるのは、お前だけだ…!
更にカッとなった俺はそう怒鳴ってしまったけど、この言葉は嘘の塊でしかない。
奏太は俺達の事なんて忘れてなんかいない。月に一度は電話でも話してるし、むしろ千紗乃はどうしてる?と聞いてきたりするよ。
手紙を寄越してこない?手紙を下手に送らない方がいいと、奏太と千紗乃の文通を止めたのはこの俺だろ?
奏太は今も、俺達の事を大事な友達だと思ってくれてるよ。
その嘘を並べた発言の後、俺は千紗乃に平手打ちをされた。
そのあと俺は千紗乃を置いて先に家に帰って、ベッドに寝そべっては悔しさと自分の卑怯さに呆れ、握り拳で思い切りマットの上を強く殴ったっけ…。
そしたら何……?
奏太と千紗乃が陸上部の大会で会っただと……?
冗談じゃない。
俺はその事を聞いて絶望した。
案の定千紗乃の奏太への熱量は強くなるばかりで、俺に言わずに奏太と二人で会うし、奏太を文化祭に誘うし、
奏太…奏太…奏太ってさ。
と思ったら、誰に何を吹き込まれたのか知らないけど、俺とは別れたくない…嫌われたくないからってさ、無理に俺に好意を持とうとして。
俺の事を好きになろうとしてくれるのは嬉しい。
でも…そんな状況じゃ素直に喜べないよ。
それになんだよ。文化祭で奏太に会えた時のあの嬉しそうな顔…。もう見てるのが辛くて逃げ出したよ。
もう限界を感じた。
何をやってもあの子は俺に振り向いてくれない。
俺は奏太には敵わない。
だから俺は、覚悟を決めた。
きっと千紗乃は、俺と元に戻れない事怖さに俺を振れずにいるんだ。
だったら俺が振ってやるよ。
「千紗乃、別れよう。」
「大星…?え?……ちょっと…待ってよ。」
辛い…。本当に辛い。辛すぎて胸が痛い。
千紗乃はそんな俺に、
「嫌だよ大星…!別れたくない…!!」
と言ってくる。千紗乃、これ以上自分の気持ちに嘘をつかなくていい。奏太への気持ちを見て見ぬふりなんかしなくていい。
「俺、言ったよな?この修業関係は、どっちかに好きな人ができるまでにしようって。それなのに何で黙ってた…?」
「だって……大星………。大星と…大星とずっと……。」
千紗乃、俺だって本当は一緒に居たいよ。でも、もう無理だ。優しい言葉で伝えたいけど、どうしても悔しい気持ちは拭えなくて、トゲのある言葉を放ってしまう俺。
「お前に好きな人がいる以上、俺達がカップルごっこする必要なんてもう無いよね?」
いい言葉出てこなくてごめんな千紗乃。
でも、お前のためなんだ。
「ちょ…大星……ごっこって…。」
「俺達、来年は高3で受験もあるし、そっちに集中したい。もうお前との修業にも疲れた。」
それに、奏太が好きだって気持ちを持っているお前とそばに居続けるのは俺が辛い。俺はそこまで広い器の男じゃないから…。
「大星に嫌われるのは嫌だ…!」
そう言って千紗乃は俺に抱きついて泣きじゃくってきた。
「大星…大星言ってくれたよね?大星…別れたって……ずっと友達でいるからって……。付き合う時に…そう言ってくれたよね…?私達、何も変わらないよね……!?」
確かにそう言った。でも、そんな事無理だ。何事も無かったようになんて、何も変わらずになんて、俺には出来ない。
千紗乃、俺はそんなに頑丈な奴じゃないよ。
「何も変わらない…?そんなの無理だ。」
千紗乃は俺の胸ぐらを掴んで揺さぶってきた。こんなに涙を流して声を荒らげる千紗乃なんて見た事ない。
「大星……嫌だ…!!そんなの言ってること最初と違うじゃん…!!嫌だよ……大星とずっと一緒に居たいのに…。だから私は大星とは別れたくないの…!!私は……大星失くすくらいなら奏太の事は良い…!!私は……大星の事好きになって…本物の彼女になるよ!!」
千紗乃……ここまで思い詰めさせてしまってごめんな。もう大丈夫だよ。お前のことはもう解放するから、
だからそんな顔して泣かないでくれ。
本物の彼女になるなんて、思ってもいないこと言わないでくれ。
ただ、ずっと一緒に居たいっていうのはきっと本心なんだろうな。
幼なじみとして…って意味だろうけどね。
でも、そう思ってくれてるのは嬉しいよ。
俺はそんな千紗乃にキスをした。
これが、俺からの最後のキスだ。
ごめんな。俺はもう決めたんだ。
千紗乃とは一緒に居ちゃいけないんだ。
「ごめんな…。俺がそう出来ないんだ…。」
「…え……!?」
「これ以上、お前の奏太への気持ちを無視して付き合っていくなんて…俺にはできない。」
「何でよ……。そんなの無視して良いよ…。大星がとっぱらってよ……。」
取っ払う…?それが出来ない事が分かったから、俺はお前を手放すんだよ。だから俺は最後に千紗乃に、
「無視なんか出来るかよ……!!本気で好きだからこそ、そんな事出来ない!!!」
ずっと黙っていた本心を伝えた。
「それに、奏太の事考えてるお前と一緒に居続けるなんて、……俺が辛い。」
俺は力を無くして少しよろけた感じに弱々しく立っている千紗乃の肩にそっと手を回して抱き寄せて、その柔らかい髪を愛おしく思いながら頭を撫でて俺からの願いを伝えた。
「千紗乃、前に進むんだ。自分の気持ちに正直に生きろ。」
千紗乃、俺はお前にとってかけがえのない存在だよ。
俺に本気の恋を教えてくれたのは、お前だ。
千紗乃、ありがとう。
弱い俺でごめんな。
ずるくて、
卑怯で、
心の弱い男でごめんな。
今まで通りにお前と笑って話すことなんて、当分は出来そうにないや。
でもいつかまた、この辛さ乗り越えてお前と笑顔で話せることができる俺になれたら良いと思ってるよ。
でも、もう暫くは…
気が済むまで、俺はお前を好きでいたい。
俺とお前は修業関係だったかもしれないけど、
俺は心から、お前を愛してたよ。
少しの間だったけど、
こんな俺を、彼氏にしてくれてありがとう。
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大星と別れてから2週間が経った。私はその日、和ちゃんに誘われて関東大会に来ていた。先日の東関東大会で唯一関東大会出場権を得た、短距離走の3年の佐原先輩の応援にやってきた。
それだけじゃない。今日は奏太の応援でもある。
どちらの時も大声で応援をしたけど、やっぱり関東大会はレベルが違う…。
佐原先輩も奏太も、良いところまでは行ったけど、惜しくも敗退の結果に終わってしまった。
奏太、かっこよかったよ。
終わった後に奏太に会いに行き、その事をそのまま奏太に伝えてあげた。
「奏太ー!本当にかっこよかったよ!!お疲れ様でした。」
「いやー、ありがとうな。悔しいなぁ。来年にかけるわ。」
奏太の走り、大星にも見せてあげたかったな。
続く
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!