第3話

あなたの手の温もり
342
2020/11/23 16:45
大星と校門を出て、大通りに繋がる並木道を歩いていると、並木道を出るところの電信柱に、他校の制服を着た女の子が寄りかかっていた。

その子と私達が目が合う。

「大星!!」

「…え、志帆。」

この子は誰…?大星の友達かなぁ?どうやら大星を待ち伏せていたみたいだ。でも何だかちょっと雰囲気が変だ。なんだろう、この嫌な感じ。

「大星、なんで連絡返してくれないの?」

「お前こそ、なんでここに居るんだよ。しかも完全下校のこんな時間に。」

「だってこうでもしないと会えないじゃない!」

なんだろう…

私、なんだかここに居てはいけない気がする。
志帆ちゃんって子は半べそ状態だし、大星は冷たい顔をしているし…。

「会う必要無いじゃん。新しい男と上手くやれよ。」

するとその子は大星の腕を掴んで揺さぶってきた。

「本当にごめんなさい…。でも私には大星しかいないの!私が好きなのは大星なの!」

「よく言うよ。浮気したのはそっちだろ?」

え、浮気?!ちょっと待って、これは私にでも分かる。これ、完全に修羅場じゃないですか…?!それに大星、彼女いないとか言ってなかった?

「もう別れたってば。」

「絶対嘘だ。」

「本当だよ!」

「だとしても無理。浮気した奴とより戻すとか無理だわ。ごめん。彼女待たしてるからもういい?行くぞ千紗乃。」

「あ…うん、…え、ちょっと…。」

「良いから。」


そう言われて大星に着いていく私。

「大星のバカ!!」

志帆ちゃんはそう言って私たちの元から去って行った。


「最悪。変な奴に出くわしたなぁ。」

大星は自分のおでこに手を当ててため息をついた。

「大星、彼女いないんじゃなかったの?」

と尋ねてみる。

「彼女じゃねぇって。あれは元カノだよ。あの子とは中学が同じで、卒業後に何回か中学の友達で集まって遊んだりして、そん時にアイツから告ってきたんだ。可愛いからいっか。と思ってOKして2ヶ月くらい付き合ったんだけど、別の男とデートしてんのを見かけたって友達が教えてくれてな。だからもう別にそんな奴は彼女じゃないと思って俺から振った。」

と言う大星。私は大事な部分を確認した。

「可愛いからいっかで付き合うの?大星、あの子の事ちゃんと好きだったの?」

「いや?可愛いとは思ってたけど好きではなかったよ。この間も言ったけど、俺はこの子となら別にいいかくらいで付き合うから、長続きしないんだよね。だから浮気されてもあぁそうですかくらい。なんだアイツと思ったくらいで、特に傷付いてもないんだよ。」

それを聞いて私は、大星はなんだかドライだなと思ってしまった。私は立ち止まって大星にこう言った。

「大星、女の子の気持ちをそんなに雑に扱ってるの?」

すると大星も立ち止まり、イライラした様子で私にこう返してきた。

「そんなことないって。ちゃんと考えてから付き合うようにはしてるって言ってんじゃん。この子なら好きになれるかなとか、ちゃんと考えてるってば。」

「付き合うのはLOVEの感情同士の人がするもんだって私に説明してくれてた大星が、なんでそんな付き合い方をしてるのかが私には理解できないの!」


と、反論する私。大星は、鼻でフッと笑った後に冷たい顔をしてこう返してきた。



「へぇ、お前よく言うよな。お前だって恋愛修業の為にっていう理由だけで好きでもない俺と今こうして試しに付き合ってるじゃん。」


それを言われて私は何も返せなくなった。



大星は少し間を開けてから私に



「…ごめん。言い過ぎた。」


と言ってきた。







「俺がいけないんだ。俺が。こんなやり方しかできない、不器用な俺がいけないんだよ。好きになれるんだったら苦労しないよ。」






そう言って再び歩き出す大星。




それってどういう意味?


大星、実は本当の恋をしたことがないって事…?



前を歩く大星。私は付き合いも長いから、大星の事ならなんでも知ってると思っていたけど、そこには私の知らない大星が居た。




その後無言のまま駅について一緒に電車に乗る。

電車に揺られる私達。電車の椅子に座ってから10分くらい経つけど、何も会話がない。
なんか大星が静かだなと思えば、大星はぐっすりと寝ていた。


そうだ、ミッションを遂行しないと、と思って大星の手を見てみた私。でも大星はよりによって腕組みしながら寝ていたもんだから、ミッション遂行なんて今は無理だ。なんで寝るんだよ…と言いたいけど、疲れてるんだよね。大星。

大星はお医者さんの家系で、お父さんは大学病院に勤める名医で、大学の医学部の学生の講師としての立場もある人。お母さんはナースの婦長をやっているそう。だから実は実家が裕福なんだよね。
お母さんが結構学業事に昔から厳しい人で、大星はお母さんからの圧もあり、成績を落とせないでいる。だから部活をしながら塾に通っている。前も愚痴を聞いたことがあったっけ。俺は別に医者になりたい訳じゃないのにって。
でもそんな圧を掛けられながらも勉強だけじゃなくて部活にも交友関係にも手を抜かず、しっかり両立できているのが大星の凄いところだ。私にはできない。

そんな生活をしながら、今こうして私の修業にも付き合ってくれてるんだから、その点本当に感謝するしかない。だからこのままゆっくり寝かせてあげよう。とはいえ、後2駅で降りるんだけどね。


それにしても、

大星はどうして人を好きになれないんだろう。過去に何かあったのかな…。


人を好きになれない…そうか、ってことはつまり、小学校の卒業の時に大星が言ってくれたあの付き合っての意味はやっぱり、バスケに付き合って欲しいっていう事だったんだね。



そういう解釈で、良いんだよね…?




ーへぇ、お前よく言うよな。お前だって恋愛修業の為にっていう理由だけで好きでもない俺と今こうして試しに付き合ってるじゃん。



それにさっきのこの大星の言葉。

大星、本当は嫌々私のこの修業に付き合ってくれてるって事なのかなぁ。


大星、何を考えてるんだろう。


そんな時、電車が揺れて大星の体が少し傾いたことで、私の肩に大星の頭が乗っかって来た。それでも大星は起きない。本当に疲れてるんだなぁ。私はそんな風にいつも頑張ってる大星に小さな声で

「お疲れ様だね。」

と呟いて、私も自分の頭を大星の頭にくっ付けてみた。


大星はすごくいい香りがする。

昔から嗅ぎ慣れたこの大星の匂いは私にとってすごく落ち着くもの。そんな事大星には言ったことないけどね。

すると隣から、吐息がかった小さい声が聞こえてきた。

「…ごめん。頭重い?」


「ううん、大丈夫だよ。」


「…もう駅……?」


「うん、もう少し。」


「…そっか。」


「そのままにしてていいよ。」


「……悪ぃ。」


やっぱり疲れてるんだ。もう少しで着いちゃうけど、このままにしておくのが正解だな。


そしたらこんな事を言ってきた。



「お前……。いい匂いする。」



「へっ…!?」



いい匂いするだなんて、初めて言われた。


ちょっと甘えてるのかな?可愛い所あるんだよね、大星って。

「大星だって…」

いい匂いだよ。と言おうとしたら、駅員のアナウンスが流れて被ってしまった。

「あ、もう次だよ。」

私が声をかけると大星は頭を肩から離してちゃんと座り直す。それで大きなあくびをする。

「悪ぃ。寝ちまった。」

「良いよ良いよ!大丈夫。」

それから電車を降りて改札を出た私達。

とりあえずはこの何となく暗い雰囲気を打破しないと!と思って話題を考えてる時に、大星から話しかけてくれた。

「そういえばこの間食いに行ったパンケーキあるだろ?あれ、その後なんかの番組に取り上げられてたぜ。」

「え!ほんと?!あの店がテレビに?」

「まぁ実際の所、取材されてたのは別店舗だったけど、有名なんだな。あっちゃこっちゃにあるんだってな。」

「そうそう!都心の方にも横浜の方にも、最近だと千葉にも出来たとか聞いたことあるよ!私、インスタフォローしてるもん!」

「へぇ、そうなんだな。俺、インスタとかアカウントあるだけでなんも稼働してないから分かんないな。」

「え、意味ないじゃん!」

なんて普通の会話を繰り広げる私達。でも忘れちゃならないのが手を繋ぐミッションだ。

私は大星に気付かれないようにそっと左手を大星の右手に近寄らせてみるけど…それより先は緊張してしまって握りに行けず。

それを会話中に何回か試したものの、結局いつもの分かれ道に来た。

私と大星はこの道から方面が違う。大星は左に曲がるが、私はこの道をまだ直進する。
でも今日は違った。

「家まで送るよ。」

え?大星が家まで送る?!

「どうしたの?どういう風の吹き回し?」

と、ついその場で足を止める私。

「どうしたのって…。俺、今は一応お前の彼氏なんですけど?彼女の事くらい送らせてくれよ。」

大星は左に曲がらずそのままこの道を直進して行った。

「ほら、突っ立ってないで行くぞ。」

「あ、うん。」

私は大星とまた歩き出した。

そっか、彼氏って彼女の家まで送るもんなんだ!覚えておこう!

「勉強になります先生!」

「先生はやめろ先生は。」


でも、こういうのも実は嫌々なのかなぁ。


「大星、無理してない?」

「…何が?」

「私と付き合うの…、無理してない?」

大星は俯いて、こう返してきた。

「ごめん、さっきの言葉、気にするよな。」

「私こそごめん。自分の事棚に上げて大星のことばっかり言って。」

「いや、悪いのは俺だ。でもね千紗乃。」

大星は私を見つめてこう言ってくれた。

「俺は無理なんかしてないよ。今回の事だって、大事なヤツの頼みだからOKしたんだ。」


「え…?」


「俺たち何年の付き合いだと思ってるんだよ。そんなお前が修業したいって言うんだから、俺で役に立てるならと思ってこの話を飲んだんだよ。こんな理由での告白、お前じゃなきゃ断ってるよ。だから遠慮なく頼れよ。」

その言葉を聞いて安心した私。気持ちがスっと軽くなった。

「良かった。良かったよぉ…。嫌われたかと思った。」

「嫌わねぇよ。」

「大星、ありがとう…!大星も、誰かをちゃんと好きになれる日がくるといいね。」


「……そうだな。」





結局手は繋げず終いで次の日を迎えた。

「どうやったら手って繋げるもんなのー?」

ホームルーム前の時間。今日は3人が私の席の周りにいる。

「えー?普通に、サッて手を出して繋ぎに行くよ?」

と亜美ちゃん。

「私はー、手ぇ繋いでいい…?ってちょっと甘えてみたりもするー!」

と、こはるん。

「私はむしろ、彼氏から先に手を繋いでくれるよ。」

「てゆーか、もう自然に繋いじゃってるよね!気が付いたら繋いでたくらいの!」

と、こはるんが付け足してきた。

「その自然に繋ぐが出来ないんだってー…。」

その時、

「小春ちゃん、彼氏さんが来てるよ!」

なんとこはるんの彼氏さんがうちのクラスにやってきたのだ。

「え!コウくん!」

こはるんの彼氏は何回か見たことがある。私たち2-5の2つ隣の2-3の子みたいで、たまにこうやってクラスに会いに来るんだ。
こはるんはめちゃくちゃ彼氏にベタ惚れで、今もこはるんが彼氏さんを抱きしめながら話していた。よくオープンに出来るなぁ。それに気が付けば、抱き合った後に今度は手を握りあっていた。

あれが所謂LOVE同士のカップルなのか…。

少ししてこはるんが戻ってきて、

「今日のお昼一緒に食べない?って誘われちゃった!行ってきてもいい?」

と言ってきた。

「おお、行ってきなよ!」

と由香っち。

こはるんは乙女だなぁ。私も本当の恋愛をした時に、こんな風になるのかなぁ。

そんな時になんと、私のiPhoneに1通のLINEが来た。相手は大星からだった。

「大星からLINEだ。」

「お、なんて来たの?」

と亜美ちゃん。

内容は、

「今日、部活休みだけど帰り一緒に帰る?どうしたい?」

だった。
でも今日は亜美ちゃんとこはるんとカラオケに行く約束があった。だから断ろうとしたんだけど、2人から全力で行きなさいと押され、私は大星に一緒に帰ろうとLINEを返した。

「頑張れ千紗乃。千紗乃なら今日こそ繋げるよ!」

「うん、ありがとう…。」


そして放課後、大星と合流し、学校を出た私たち。今日こそは絶対に…!なんて思ってずっとタイミングを伺っている私。

ずっとそんなことを意識して手を伸ばしては引っ込め…を繰り返していた。大星との会話が全然頭に入ってこないまま結局地元の駅に着いてしまい…。

「おい千紗乃、聞いてるのか?」

「へっ?!えへへ、聞いてるってば、へへへ。」

しまった!大星に聞いてるのかって言われた事にギクッてしてしまって、その時のリアクションが思ったより大きくて、大星の左手に私の右手の中指が若干当たってしまった。

「……何してんだ?お前…。」

「何もしてないよ!ははは。」


と、私が誤魔化している時だった。






私の右手が大星の左手にキュッと握られた。






「えっ…?」


大星はなんだか照れ臭そうにしていた。
恥ずかしいのか、私の目を見ず前を向いて歩きながらこう言ってきた。

「女子にこんなことさせるなんて、俺は男として無いわ。お前の行動に気付いてやれなくてごめんな。」

そんな事ない…。大星から握ってくれるなんて思ってもいなかった。突然の事でどう振舞っていいか分からない。


「ううん。…そんな事ないよ。」

大星はフッと軽く鼻で笑ってから今度は私の方を見てこう言ってきた。

「あれか?また原西(由香)達がなんかお前に吹き込んだか?」

と大星から図星を言われる私。返し方が分からず、

「そ、そうです。」

と言ってしまった。大星はそんな私を見て笑い出す。

「馬鹿だなぁ。お前から何か仕掛けるなんてレベルが高すぎる話なのに。」

「ひどっ!私だってもう少しで繋げるところまでは来てたんだから!大星、私をバカにしすぎ!」

「とはいえ結果的に先に繋いだの俺じゃん。原西達の言うことなんてどうせお前にとってはレベル高すぎて行動にするなんて無理なんだから、恥ずかしくて出来ないなら、その時は俺に言えよな。」



この時の大星の笑顔が眩しすぎて、なんだか見とれてしまった。


小学生の頃に手を繋いでた時の感覚と明らかに何かが違う。その違いはお互いの手の大きさだけじゃ無い。確実に何かが違っていた。



でもその“何か”が、なんなのかは分からない。


どうして今一瞬、このままずっと繋いでいたいって感情が頭を過ったのだろう。



「千紗乃…?聞いてる?」


「うん。聞いてるよ。」



大星、どうしてそんなに普通にしていられるの…?私は慣れてる感じの大星に、ほんの少しだけムッとした。


続く

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