大星と待ち合わせして学校に行く初めての朝。
待ち合わせはいつものあの分かれ道の所。大星と行く事に対しては緊張しない私だけど、何せ今の大星には“私の彼氏”という名称も付いている訳で…私の彼氏と待ち合わせ、って思うと緊張する。
なので“幼なじみの大星”
って意識をしながら支度をする。
でももうこの時点で緊張したままなのは目に見えている。でも頑張るんだ千紗乃。これは修業なんだ。
そろそろ出る時間。
ベッドに置きっぱなしだったiPhoneを手に取ると、そこには大星からのLINEが入っていた。「おはよう」のスタンプが送られてきていた。なので、私も「おはよう」のスタンプを送り返す。あ、なんかこれカレカノっぽい?
「行ってきます!」
「行ってらっしゃーい。」
リビングの方からお母さんの声がする。
ローファーを履いて外へ飛び出す。待ち合わせ場所の分かれ道までが1番緊張する。そう思っていたら、
「ぎゃっ!!」
「ぎゃ、じゃねぇよ。おはよ。」
うちの玄関の外に大星が居たのだ。
「おおおお、おはよう!何でここに?」
「え?なんでだと思う?」
と、いつものからかうような笑顔を見せてきた。
「な、なんでだろう…。」
「お前、どうせ分かれ道に出るまでの間で、緊張するとか言って、足取り重くなりそうじゃん。だから今日はわざと告知無しでここに来たんだよ。」
なんて事だ、大星ったら、私がやりかねないことを1歩先まで読んでくる…。
「う…うん。そうか…。」
「ほら、行こうぜ。」
大星と歩き出した私。歩き出して数メートル進んだあたりで大星は私の手を握る。それに少しビクッとしてしまう私だけど、大星は優しく、
「…良い…?」
と私の方を見て尋ねてきてくれた。
「うん。」
変に緊張するな私!自然にするんだ。大星は幼なじみだ。なんて頭の中で呪文のように唱えていると、大星から昨日の勉強会の事の返事が来た。
「日曜日、昼過ぎなら良いって。」
「え、あ…ホント?」
ちょっと声が裏返ってしまった。
「うん。てか、緊張し過ぎ。」
「ごごごめん。…じゃあ、お昼ご飯食べてから行くね。」
「うん。分かった。待ってるわ。ちなみにその日教えて欲しい教科は?」
私は少しうーんと考えた後こう伝えた。
「えっと、数Ⅱと、化学と、古典と…後はオーラルと倫理と…」
しかし大星から止めが入った。
「ちょっと待てって。俺、倫理取ってないぞ?お前の選択授業のやつまではさすがに見切れない…。」
「あ!そうだった。」
「それにしたって量が多いって。がっつり徹底してやる方法を取るなら2教科くらいに厳選してさ、そうじゃないならお前が教科毎に分からない箇所ピックアップして、俺ん所持ってくるとか、そういう時間の使い方しないといろんな内容が飛び飛びになって、混乱するぞ?」
大星は呆れた表情になって私にそう指摘してきた。
「それに、何も全部俺じゃなくても…。原西達と勉強はしたりしないのか?」
「それは前の日の土曜日に集まってやるよ!」
「なんだ、やるんじゃんよ。俺必要?」
大星、嫌なのかな?まぁ、大星に偏って頼りすぎても今度は大星個人で勉強する時間を奪ってしまうもんね。とはいえあの子達は文系だ。由香っちだけ理系もいけるっぽいけど…そうか、大星には理数系のものに絞ってお願いすれば良いんじゃ…?
でも、俺必要?なんて言われちゃったらちょっと切り出しにくい。もしかして、内心「邪魔」と思ってる…?
私も大星みたいに頭が良かったら、こんなに悩むことは無いのに。そう思ったら悔しい気持ちが溢れてきた。
「何その言い方!あぁあ。良いよね大星はなんでも出来て!」
「えっ。」
「勉強に困ること無くて良いですね。努力しなくても勝手に点数取れちゃう首席の人には分からないよね。私みたいな人の気持ちなんて。大星からしてみたら、私の面倒見るメリットだって、何も無いもんね!」
そんな私を見て大星は慌ててフォローに入ってきた。
「おい、俺は必要?ってあれだぞ?前の日に原西達に会えるなら、原西達に教わった方が早くないか?って単に聞いただけだぞ?」
「ほんとにそう!?由香っち達に会うんだったらそっちで間に合わせてよ!って言ってるようにしか聞こえない!大星は勉強の邪魔されるのが嫌なんでしょ?」
「千紗乃、落ち着けって。」
「どうせ私の事だってこんな事も分からないの!?って常にバカにしてるんでしょ!?」
大星は昔から勉強が出来て、常に私より点は上で、体育も当時は私の方が大星より勝っていたものも多かったのに、バスケの1on1ですら、もう今ではもう敵わない。友達も多くて、いつでも彼女もいて、ルックスも良くて、今では剣道部部長候補らしいし、首席だし、地位も名誉も全部手にしてるのが大星だ。
大星が完璧すぎて狡い。悔しい。
私はたくさん勉強して苦労して、それでやっと70点くらい取れるレベル。でも大星は努力してなくても80点以上は確実に取りに行けるレベルの頭をしてる。どうしてこんなに違うんだろう。もう、涙が出てきそうだ。
「バカにしてるわけないだろ!いつ俺がそんな事言ったよ?デタラメは止せ。」
「良いよもう!由香っち達に教わるもん!」
私はついムキになって大星の手を振り払ってしまい、その後は何も話さず大星より前を歩いた。
やってしまった。
せっかく修業に付き合ってくれてる相手の手を振り払うなんて。
それにせっかくみんなが、大星と勉強したら?って提案してくれたって言うのに。
俺必要?って一言になんでこんなにイライラしてしまったんだろう。どうしてなんでも出来る大星が狡いとか、悔しいって思ってしまうんだろう?
何故、闘争心を抱いてしまうんだろう…?
それから黙ったまま時間は進み、 一緒に電車に乗り込んだ。私達は扉の角の所に立つ。満員電車とまではいかないけれど、結構人はいる。私は黙ったまま右を向き、扉の窓から外を眺める。
すると隣にいた大星が、私の左手を右手で軽く握ってきた。
「え…?」
大星は手を握ったまま私の正面に回って、吐息が多めの小さな声で、声を少しだけ震わせながら面と向かって私に伝えてくれた。
「誤解させてごめんな。」
「大星…?」
悲しげな顔をする大星はキュッと少しだけ握る力を強めて続ける。
「俺が本気で千紗乃を馬鹿にする訳ないだろ?いつものは、ノリでやっちゃうだけ。でも、そのせいで傷付いてたんだったらごめん。」
こんな大星を見るのは初めてだった。
「本当だったら、全部俺が千紗乃に教えてあげたいくらいなんだよ。でも、今の俺にはそれをやってあげられるくらいの余裕も自信も無いんだ。俺もまだまだでね。俺にもっと勉強スキルがあったら、こんなに教えられないとか言わずに済んだのにな。ごめんな。」
そんな大星からの本心を聞いてる内に、少しずつ怒りが収まってきた。
「千紗乃はさっき俺の事、努力しなくても勝手に点数取れちゃう人だと言ったけど、そんな事も無いよ。俺だって分かんない事だってあるし、友達に聞くこともある。」
「へ?」
「塾とで合わせて同じこと二重に勉強して、忘れないようにたまに家で復習もして…。俺の家の場合、母親が厳しいからな。俺の事勝手に医者にする方向にして、医大入れるように総合成績学年10位以内は必ずキープしないと、部活も遊びも門限も規制するとか言うから、そんなの嫌じゃん。その圧もあってやれてるというか。する量が違うだけで、後は千紗乃と一緒だよ。だから、俺には気持ちが分からないなんて…言わないでくれよ。千紗乃に…そうやって言われるのが1番辛い。」
私は誤解してたみたいだ。実は大星は見えないところで人一倍努力して、何回もトライして自分の身に叩き込んでいたんだね。
大星だって努力してたのに、私は酷い事を言ってしまったようだ。
「大星、誤解してたよ…。ごめんね。私の知らないところでたくさん努力してたんだね。」
「うん。」
その時、私達が降りる駅の名前のアナウンスが流れた。
「あぁ、もう次みたいだよ?」
そう言って大星は私の知っている笑顔を向ける。
「うん。」
それから大星と話して、日曜日は数Ⅱと化学を教えてもらう事になった。
学校に着いた後、こはるんが私に声をかけてきた。
「千紗乃ちゃん、おはよーん!」
「おはようこはるん!」
「美嶋くんと朝待ち合わせして行くようになったんだったよね!どうだった?」
「え、緊張したけど、最初だけで後は普通に話せたよ。」
「手は繋いだの?」
「うん。大星から繋いでくれたよ。」
それを聞くとこはるんは嬉しそうにこう言う。
「千紗乃ちゃん、すっかり美嶋くんとカップルになってきたね!そろそろキスとかしちゃうかもね!きゃー!!」
え、キス!?
大星と私が…!?
でもそうだ、カップルだもん。キスくらいするもんね。
ただ、私達は普通のカップルと違って、私の修業をする為に付き合っているだけ。さすがにLOVE同士じゃない2人がキスするなんて出来ないんじゃないかな?それに、大星がキスの修業にOKするとは思えない。
大星は過去に付き合っていた彼女達とは今までどれくらいキスをしてきたんだろう。
そういえば私たち、お互いに「好きだよ。」とか、そういう事も言い合ったりしてないんだな。
LOVE同士じゃないのに付き合う事には限度があるんだなって思った。
それに、この間みんなに言われたハグだって、まだしていない。
「おはよう!」
と、亜美ちゃん。
少し遅れて由香っちも教室に入ってきた。
そこで、4人で私の席で集まって明日の話をしている時に、大星から勉強を教えてもらえる事になったと伝えた。するとまさかのこんな話になった。
「ねぇ、千紗乃ちゃんさぁ、日曜日に美嶋くんの家にどんな服着ていくの?」
「え?」
どんな服?普通にTシャツにジーパンじゃだめなの?と思ってしまった私。でもこの3人は違った。
「家行く時なんて勝負所だよ!美嶋の部屋で勉強するんでしょ?」
と亜美ちゃん。
「そうだよ!」
「じゃあ尚更美嶋に千紗乃の事意識させないと!いかなる時でもオシャレに手を抜いたらダメ!ましてや千紗乃はめちゃくちゃ美人なんだから、勿体ないよ!」
亜美ちゃんはそう言って私に服のショッピングサイトを見せてきた。
「ほら、こんなの可愛いよ?」
それはぱっくり胸の空いたトップスで…
「え!何この胸開き!!無理無理!!」
「こういうのもいいよ?」
亜美ちゃんはちょっとセクシーなものばかり見せてくる。さすがに大星の前でこんな服装しないから、驚かれてしまうに違いない。
「こんなに背中開いたのも無理だよー!」
私は首を横に振る。
「ただ勉強しに行くだけだし良いよ…」
と言うも、亜美ちゃんとこはるんに言い寄られてしまった。
「千紗乃ちゃん何言ってるの!?2人は仮にもカレカノ同士なのよ?」
「そうだよ!美嶋だって男なの!彼氏の家行くってそういう事だよ?」
そういう事ってつまりどういう事…?
私がキョトンとしていると、
「じゃあさぁ、午前中勉強して、お昼食べてある程度進ませたら、昼過ぎから買い物しない?」
と、こはるん。
「良いね!ちーちゃんの服選ぼうか!」
「賛成!」
私よりみんなが舞い上がっている。
「えぇぇぇ!?そんな別に服なんて…」
でもみんなに私の声は届かず、私の服を選ぶ方向で決定してしまった。
次の日、勉強を進ませて少し心に余裕が生まれた後に4人で買い物。
「ねぇ、これくらい攻めたら?」
亜美ちゃんはやっぱりセクシーなものばかり提案してくる。私、本当にただ大星の家に勉強教わりに行くだけなんだけどなぁ。
でも、みんなが私のために力貸してくれるのは嬉しい。
結局、何着か試着をして、私自身も可愛いと思った服で、尚且つみんなからのプッシュもあり、当日は肩出しのチュニックにデニムのショートパンツを履いて行く事になった。
とはいえ恥ずかしいので、当日はその上にカーディガンを羽織って大星の家に向かった。
大星の家に行く途中にあるコンビニに寄って、大星の好きなお菓子を買って行こう。
それから大星の家に到着し、インターホンを押す。少しして、大星がドアを開けに来てくれた。
「お、お邪魔します。」
大星の住んでいるこの一軒家は相変わらず広くて大きい。それに部屋が綺麗だ。
すると、リビングの方からおばさんが出てきた。
「あら千紗乃ちゃん、お久しぶりね!」
「お久しぶりです。」
小さい時によく大星の家に奏太と遊びに来ていたから、おばさんも私の事を覚えてくれていたみたいだ。
「こんなに大きくなっちゃって!大星、あなた背ぇ抜かれちゃうんじゃない?」
「誰が抜かれるかよ。」
それから大星の部屋に入って私は目を輝かせる。
「うわーー!懐かしい!大星の部屋だぁ!」
それから大星の机の上とか、本棚とか、色んな場所をジロジロと見入ってしまった。家に来て部屋に入るのは3~4年振りだ。
「おいおい。そんなに見んなよ。」
「だってー!懐かしいんだもん!」
その時、小学校の卒アルを見つける。
「わ!懐かしい!卒アルじゃん!」
「卒アルじゃんって…。お前ん家にも同じのあんだろ。」
「あるけど、大星も取ってあるんだなって思って。」
「まぁ。」
それからページをめくって行き、奏太が写ってる写真を見つけた。
「奏太、懐かしいなぁ。」
それは運動会の写真。奏太の走る姿はかっこよくて、今でも覚えている。
私も奏太のように走っていたかったな。
奏太は陸上部で今も活躍しているかな?
私も怪我さえしていなかったら、 部活も辞めることは無かったのに。
そしたらどこかで奏太に会えたかもしれないのに。
「…おい。」
私は大星の声でハッとなる。
「あっ。ゴメン、ぼーっとしてた。」
「……。」
私は卒アルを閉じて元の場所に戻して、さっき買ってきたお菓子の事に触れる。
「そうだ大星、大星にね、お菓子買ってきたの!大星がよく食べてたやつだよ!」
「あぁ。このチョコクッキーと鈴カステラな。どうも。」
それから大星は部屋のドアを開けて、
「飲み物忘れた。取ってくるよ。麦茶でいい?」
「うん、なんでも良いよ!」
「分かった。」
そう言って部屋を出て行った。
大星の機嫌が悪そうに見えたのは気のせい?まぁ、今はいいや。もっと大星の部屋を見ていたいけど、勉強しないと。大星にも何しに来たんだよって怒られてしまう。
なので部屋の真ん中にあるローテーブルの所に座り、持ってきた教材と筆記用具を出して勉強の準備をした。
そうしている内に大星が2人分の麦茶を持ってきて戻ってきた。
その時ドアの外から、
「大星、出てくるね。千紗乃ちゃんまたね!」
とおばさん声が聞こえてきた。どうやら仕事らしい。
「はい!お仕事頑張ってください!」
私は部屋からそう叫んだ。そのままおばさんは玄関のドアを開けて家を出た。
「大変だね。病院で働くって。」
大星はお盆をローテーブルに置いて、麦茶の入ったグラスを配ってお盆をテーブルの下に避けた。
「まぁ、不定休だからな。父さんも今日は出勤だし。母さんは本当は今日休みだったんだけど、急遽病欠出たみたいで行く事になったんだと。」
それから机にあったペンケースを取りに行き、大星も床に座った。
「そうなんだ…。あ、麦茶ありがとう。頂きます。」
「どーぞ。それで?どっちからやる?」
という事で勉強開始。結局大星には数Ⅱ、次に化学の順番で教わる事になった。
大星は私が分からないと言っても慌てること無く私が理解するまで丁寧に教えてくれた。すごく分かりやすい。
小さい時はよく「そんなことも分からないなんてだっせー!」とかいじられていたのに、今の大星はそんなこと一切してこない。たまに「あー、違う違う」ってクスッと笑われるくらい。でも全然嫌じゃなかった。
気付けば2時間ぶっ通しで勉強していたみたいだ。13時に家に来たはずなのに、時計の針はもう15時半前になっていた。
「わ!もうそんなに経ってたんだ!」
「お前にしてはよく持ったな。30分くらいで集中切れると思った。」
「そんなに短くないよー。」
「はは、それは失礼。」
大星に笑われて、それから頭をポンとされる私。
「少し休もうぜ?」
「うん。」
「ちょっとトイレ行ってくるな。」
そう言って大星は部屋を出る。
それから私は大星が部屋を出た後にぐんと腕を上に伸ばして背伸びをした後、ベッドに目が行く。少しだけ横になりたいな。
大星すぐ戻って来ちゃうかな?
部屋も暖かいし少し暑いくらいだ。ちょっと恥ずかしいけど、私はカーディガンを脱いだ。それからベッドに移動して寝転ぶ。これはすぐに寝れてしまうレベルで気持ちがいい。でも、2時間頑張ったんだからこれくらいリラックスしてもいいよね。
すると大星が戻ってきてしまった。
「おいー。何やってんだよ。」
「ごめん。疲れちゃって。」
「お前そこにいたら寝るぞ?下りろ。」
大星はベッドの前まで来て腕を組み仁王立ちする。
「寝ないよー!いいじゃん今休憩時間なんだからこれくらい寛いでも。」
「いや、ここ人ん家なんですけど。」
「あぁ、横にならなければいい?」
私は体を起こしてベッドに座る体勢に。
そんなことを話していると大星がため息をつく。
「あのさ千紗乃、安易に男子の部屋のベッドなんかに寝るもんじゃねぇぞ。」
え?どういう事?
「え?なんで?」
「…お前マジで言ってんの?」
大星はその場にしゃがんで私の目を覗き込んできた。なんだか呆れている様子だ。
「え?私なんかまずいこと言った?」
「そうじゃない。お前は隙がありすぎるんだよ。」
「何?どういう事?」
その時だった。
次の瞬間、
大星もベッドに乗ってきて、私の事を押し倒してきた。
「え…?」
何が起きているの…?
状況把握が出来ない。
押し倒された私は仰向けで、真上には大星の顔が。顔の両サイドには大星の大きな手が、四つん這いの体形になっている大星は、
「これでも分かんない?俺が言いたいこと。」
と低い声で私に問いかける。険しい顔つきをしていた。
その時に亜美ちゃんから言われた言葉を思い出す。
ーそうだよ!美嶋だって男なの!彼氏の家行くってそういう事だよ?
亜美ちゃん、今やっと分かったよ。そういう事って言うのがどういう事か。
私って鈍感だね。
私もしかしてこのまま大星に…?
私はどうしたらいいの…?
今の大星は一応私の彼氏だ。
じゃあこのまま受け入れたらいいの?
どうしたらいいか分からない…!
私は目をぎゅっとつぶって硬直したまま動けなくなった。
すると大星は横に逸れて私の隣に寝そべって、
「ごめん。怖かったよな。」
と小さい声でそう言った。
大星はそのままベッドから下りる。私も体を起こし、ホッとしていると、大星は私に背を向けた状態で、
「でもな千紗乃、男なんてみんなそういう生き物なんだよ。ホントに気を付けろ。」
と言った。
そっか。大星は私にそれを教えるためにわざと悪者役に徹したんだ。
「ごめん。」
大星は無言で元の場所に座って、お菓子の袋を開けた。
「もらうねこれ。お前も食おうぜ?」
「あ…うん。」
でも、何か違和感がある。
なんだろうこの違和感。
「千紗乃?」
大星は首を傾げる。
そうだ。いくら修業の為にわざと悪者になって教えてくれたとはいえ、私たちは今や彼氏と彼女の関係だ。変な話、大星はあのまま引かないって選択も出来たはず。なのに何で気を付けろだなんて、警戒させようとするんだろう。
だから私は聞いた。
「大星、どうしてやめたの?」
「…え?」
「なんでわざわざ悪者になったの…?」
大星は眉毛を潜めてこう返す。
「悪者?いや、俺はお前がこの先変な男に引っかかったりしないように、男の本質教えて忠告してやっただけだよ。お前あぁでもしないと気付けなかっただろ?」
そこから私は大星の横に行き、その場にしゃがんで尋ねる。
「でも、私は大星の彼女でしょう?」
大星は少し沈黙した後に、私に質問返しをしてきた。
「……じゃあ何?お前、あのまま俺がお前を襲ってても良かったって事?」
これを聞いてドキっとした。驚きと困惑で、言葉が詰まり出した。
「か…彼氏だし……。」
「じゃあお前は俺としたかったって事?」
「……いや…それは………。」
大星は彼氏だし、そういう展開になったって世間一般的には何も問題は無いし、そういうもんなんだとも納得出来る。
でも…
「だからだよ。俺がやめたのは。」
「え?」
大星は鼻で笑ったあとにこう続ける。
「したいと思ってない相手に強引な事するような奴じゃねぇよ俺は。それにどうせお前未経験だろ?彼氏彼女とはいえこれは修業で付き合ってる関係だ。修業の為に捨てる必要なんてないだろ。そういう事は、お前が本当に好きになった人と付き合った時のために取っておけよ。アホ。」
心からしたいと思えていなかった私の奥底の気持ちを、大星は鈍感な私の代わりに先に気付いて汲み取ってくれたんだ。
そっか。だからさっきホッとしたんだ。
彼女だけど、私が大星とそういう事したいと思えてなかったんだ。
LOVE同士じゃないと限度があるとこの間気付いたばかりだったけど、こんなにも進まないんだね。
私は修業を甘くみていた。
「どうだ?少しは修業になったか?」
なんて言って、大星はお菓子を頬張る。
「べ…勉強になりました。」
と小さい声で私。
LOVE同士じゃない状態での恋愛修業なんて、今の私には無理な事だったのかな?
だとしたら、なんだかこんな無理難題な私の課題に大星を巻き込む事が申し訳なく思えた。
大星とはやっぱり友達同士のままの方が良いのかな?
でも、みんなに追いつく為にも少しでも恋愛は経験しておきたいし、それに今更やっぱり修業は良いやなんて事も言い出せない。
私はどうしたら良いんだろう。
「大星…。」
「ん?」
「付き合うって、大変な事なんだね。」
私は大星の隣で体育座りして顔を膝に埋めてそう言うと、大星は笑顔を向けてきた。
「良かったじゃん。そう思えて。」
「え?」
私は大星の顔を見る。
「だって、ちょっと前のお前ならそんな発想すら出てこないだろ?経験が無さすぎて。でも、少しの期間だけど俺と付き合って来た中で、そう思えたって事は、まずは1歩前進したって事なんじゃねーの?」
確かにそうだ。大星と付き合う前の私なら、きっとこんな事すら言えてなかったはずだ。
「あぁ…そういう事なのかも…!だとしたら大星のおかげだよ!ありがとう。」
私は大星の手を握り、軽く上下に揺さぶった。
「あ、あぁ。」
その後大星はちょっと間を開けたあと、
「でも、大変な事ばっかじゃないと思うよ。付き合うって。」
と言って、私の髪を撫でてきた。
「さっきはお前がキャパオーバーになるような事して悪かった。でも、俺を修業相手に選んでくれたからには、俺が絶対に千紗乃を楽しませてやる。」
つくづく思う。大星って本当に良い人だなぁ。大星がこんなにちゃんと私の課題に本気で向き合ってくれてるんだから、私がネガティブになってちゃダメでしょう。
私は考えを改めて、大星に伝えた。
「それなら私も、大星に楽しいって思ってもらえるように頑張る!だからこれからもご指導お願いします!先生!」
「だから、先生はやめろって。」
その時私は大星が言っていたとある言葉たちを思い出した。
ーこの関係は、どっちかに好きな人ができるまでな。好きな人が出来たら、その時は別れてお互いそれぞれの道に進もう。
ーちゃんと考えてから付き合うようにはしてるって言ってんじゃん。この子なら好きになれるかなとか、ちゃんと考えてるってば。
その言葉で大事な事に気が付いた。
そっか。
LOVE同士じゃない恋愛には限度がある。
その限度を突破するには、
私達が両想いになればいいのか。
そっか。そうだよね。
それにはまず、
私が大星を好きになればいいのか…!
私がまず大星を好きにならない事には始まらない!
大星のことは好きだ。でもそれはLIKEだと大星に言われた。
だからそれをLOVEに変えたい。
大星決めた。私、大星の事を好きになる!
絶対に好きになってみせるよ!
そしたらもっときっと、楽しい事が待っているはずだ!
「あとさお前…。」
大星は私の肩に触れる。
「今日、露出多くない?」
「へっ!いや…これは…。」
そうだ、カーディガンを脱いだままだった…。私は慌ててカーディガンを手に取ると、大星から、
「目のやり場に困る。でも、似合ってる。」
と言って貰えた。
「あ…ありがとう。」
大星は何故かちょっぴり顔を赤くしていた。それから目を逸らし、
「ほら、そろそろ化学の続きやろうぜ。」
と言って教科書を手に取って勉強モードに入ってしまった。
なんで大星顔赤くしてたんだろう。
実は女子慣れしてないのかな?
いや、いろんな女の子と付き合ってきたはずだからそれは無いか。
じゃあ、なんでだろう。
それから更に1時間ちょっと。教えてもらう場所は全て終わって、2人で一緒に床に寝転んだ。
「あー、終わったー。」
「あー…お陰様で助かりました。」
「あぁ、うん。」
時計の針は5時前。もう少しだけ休んだらそろそろ大星の家を出ようかな。長居してもあれだし。
「じゃあ大星、今グラスの中にある麦茶飲んだらそろそろ帰るよ。」
「え?あぁ、そう?」
「長居させてもらうのも悪いし。」
「別に?俺ん家は全然問題ないけど。お前が時間平気ならまだ居れば?」
大星はそう言いながら上体を起こして、自分の麦茶を飲んだ。
これってもしかして…?
「先生、これは、相手に対してまだ一緒にいたいよー!って気持ちを遠回しに伝えるテクニックか何かですか?」
と言ってみると、
「はぁ?なんだそれ。俺は単に急いで家出なくても良いって言いたかっただけだけど。」
と返されてしまい、私は読みを外してしまった。
「なーんだ。」
「だから、先生って言うのやめろってば。やりにくいわ。」
それから私も上体を起こして、余っているお菓子をつまみながら大星に質問を投げた。
「先生嫌かー。じゃあ大星ならさ、一緒にいたいって気持ち伝える時はどう伝えるの?」
「はぁ?やれと?」
「うん。」
大星は呆れながらため息をつくと、少し黙った後に、
「もう少しここに居ろよ。まだ一緒にいたい。」
と、意外にもマジトーンで真剣な眼差しを私に向けながら言ってくれた。しかも案外直球な言葉だった。
「へぇー。大星やるー!歴代の彼女の事もそうやって落としてきてたのか?」
と私が揶揄うと、
「こんな事俺に言わせたの、お前が初めてだよ。」
と返してきた。
「え?」
「お前がやれって言うからやっただけだよバーカ。」
「酷い!バカだけど今日は頑張ったよ?」
大星はクスッと笑って、
「そうだな。まぁ、それなのに赤点取ったらぶっ飛ばしもんだけどな。」
と言ってきた。
「ギク…。」
それから大星の家を出る時間に。なんと大星が送ってくれると言うのだ。
「え?良いの?」
「うん。」
なのでお言葉に甘えて大星に送って貰うことになった。
これも修業!今日は自分から手を繋ぎにいってみた。
「えっ?」
大星はちょっと驚いていた。あぁ、恥ずかしい。まだやっぱり自分から繋ぎに行くのはまだ緊張するなぁ。
その時、後ろから自転車が来た。
ここは狭い道だから私たちがもう少し端に避けようとしたその時、
「危ないぞ。」
そう言ってその場に止まり、私の腰に手を回して大星の元に引き寄せてくれた。
結果的に私が大星にハグされている感じになった。
「あ…ごめん…。」
と慌てて大星は離そうとするが、私はみんなからも次はハグじゃないかと言われていた事もあったから、このチャンスを逃したくなくて、
「大星…そのまま離さないで。」
と伝えた。
「え…?」
私の言葉に戸惑う大星。私は早く大星の事をギュッて腕で抱きしめ返さないと…。でも、いざやろうと思うと緊張してなかなか腕が回せなくて…。
「千紗乃?お前何フリーズしてんの?」
腕が回せず固まっていることに気付かれてしまった。
「え、いや…その…。」
「なんだよ。入学してすぐ再会した時には普通に抱きついてきたじゃねぇかよ。」
それを聞くと私が普段からどれだけ無意識にそんな行動をしていたのかがよく分かる。でもその時は恋愛修業中でも何でもなかったからなぁ。
「ダメみたい。修業って意識すると。」
すると大星は頭をヨシヨシと撫でてきて、
「無理する必要ねーよ。徐々にやっていけばいいじゃん。」
そう言って私を解放しては、手を取り
「行こ?」
と言って歩き出した。
とりあえず、ハグは出来たって事で良いよね…?じゃあその次は…?
ー千紗乃ちゃん、すっかり美嶋くんとカップルになってきたね!そろそろキスとかしちゃうかもね!
「ひぇっ!!」
大星と…キス!?
続く
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。