霊の前にしゃがんだ璃那は、手首に御札を巻き付けて
……パシンッッ
その霊の、頬を思いっきり叩いたのだ。
余程叩く力が強かったのか、動きを封じられているからか、その霊は床に倒れた。
その霊の頬には、思いっきり叩かれて赤くなった痕があった。
その霊は何かを言っているようだが、璃那と華風には聞き取れず、璃那はアラの方を見た。
アラはその言葉を聞いて、璃那を見る。
アラに聞くと、「な、なんでその事を、貴方が知ってるのよ?!」と言っているらしい。調べたから、に決まっているのに。
璃那が誰かに暴力を振るうことは滅多にない。
実際、アラや華風も見た事がないのだ。
それもそのはず、璃那は周りも止められないほどに怒った時にしか暴力を振るわないのだから。
「し、調べたなんて…!!なんてことするの…?!
私は、あなたの事なんて何も…!!」
と言って、その霊は、はっとしたように口を塞いだ。
そう言って、再び璃那は彼女の頬を平手打ちした。
璃那は、勝手に決め付けられることが嫌いだ。
知らないくせにあーだこーだと言われることが嫌いで、どうしてもキレてしまう。
悪い癖、なのだが変えようにも変えられない。まぁ、育った環境のせいだといえばそうだ。
流石のアラも、これはまずいと感じたのか璃那を止めようとする。だが、璃那は別に、彼女…少女の霊に対してだけ怒っている訳でもないのだ。
まぁ、とにかく、祓うだけ祓ってしまおうと、璃那は侑乃から教わった念仏を呟く。そして、成仏専用の御札をその霊に投げると、あっという間に成仏したようだった。
簡単なものだが、「リーナの御札があるやろ?それがあるならこれくらいのでも祓える」と言われ、教えてもらったもの。
言われたとおり、璃那でもとても簡単に祓うことが出来た。
璃那は笑いながらそういった後、「まぁ…もう出ようや?」と言って先に女子トイレを後にした。
数分前、2階女子トイレ前廊下にて………
2階女子トイレ前で、廊下の壁にもたれかかって話す侑乃と白夜。
下手すれば女子に変な目で見られるところだが、まぁまだ女子がここに来ていないので良しとしよう。
そして、彼らは璃那から「俺らが出てくるまで待っててやー」と言われ、璃那達が女子トイレに入った時からずっとここで待っているのである。
女子トイレ前の廊下、と言っても、さすがに目の前にいたら本当に変態になるので、少し離れたところにいる。だから、声等も聞こえない。
中の状況が分からないように離れたのだが、そのせいで非常に困っている2人なのだった。
少しして戻ってきた璃那達。だが、アラと華風の様子がおかしい。
それに比べて璃那は、依頼が終わったからかにこにことしながらこちらへ戻ってきた。
2人が仲良く話している中、侑乃はアラと華風にさらっと聞いてみる。
アラと華風から簡単に話を聞いて、何となく察した侑乃。
そして、珍しく白夜に甘えて抱きついている璃那。
そう話していると、璃那ははっとしたかのように白夜から離れ、侑乃たちの方を向いた。
そう言って、白夜、華風、アラは美術室へ、侑乃、璃那は部室へと向かった。
数分後、部室にて………
あだ名で呼ばない上に、机に肘をついて軽く虚ろな目をしている辺り、確実に何かがあった。それを悟った侑乃は、できる限り優しい声で璃那に応答する。
震えた声で話す璃那。恐らく、泣きそうになっているのだろう。
それほど衝撃的なことがあったか、辛いことがあったか。
「…あぁ、そういうことか。」
侑乃は心の中でそう呟く。
芽衣と璃那は義理ではあるが姉妹だ。血は繋がっていないが、姉妹として何年間も一緒に過ごしてきたのだ。
それに加え、妹である芽衣は、義理の姉妹であることすらも知らない。
芽衣はいつも、「お姉ちゃん」「お姉ちゃん」と璃那を頼る。
それほど璃那のことが大好きなのだろう。
自分のことを好きでいてくれる義妹に、「嫌いだ」という感情を向けることが、璃那には耐えきれなかったのだろう。
幼馴染である侑乃には、何故か、それがよくわかった。
そして、こういう時は、無理に刺激せず、静かに話を聞くことが一番だ、ということも、侑乃はよく知っている。
璃那が霊にキレたのは、もちろんその霊にも何かしら理由はあっただろうが、もう1つ理由があっただろう。
たまたまその怒りの矛先がその霊に向いただけで、場合によってはアラや華風に向いていたかもしれない。
誰に、なんのせいで怒っていたかまでは、さすがに侑乃でも把握出来ないが。
…芽衣の両親…璃那の義父母に対して、璃那は怒っているのだろうか、と侑乃は考えながら相槌を打つ。
璃那は泣きすぎて話せそうにもないので、隣に座ってまず落ち着くようにいえば無言で頷いて、璃那は服の袖で乱雑に涙を拭った。
袖で涙を拭ったからか、手首まで見えてしまっている。
自傷痕や痣、切り傷などが目立つが、気にしないことにしよう。そう思った侑乃なのだった。
侑乃がハンカチを渡すと、璃那はそれを受け取って、涙を拭き始めた。
侑乃が、泣き止みそうにない璃那の頭を優しく撫でると、璃那は更に泣き始め、結局のところ泣き止むのには時間がかかった。
目を擦ったからか、腫れて赤くなった瞼。
それを指で少し触りつつ、璃那は自らの頭を撫でる侑乃を笑顔で見ていたのだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!