看護師さんや綴から話を聞いて病院を後にした璃那は、6時のチャイムを聞きながら家へと帰る。
家から病院や学校は遠いが、考え事をするのには十分な距離で、璃那はこの距離をどうとも思っていなかった。
自殺するほどのいじめ。そんなものがあったのなら、ニュースくらいにはなっていたのだろうか?
全く知らなかったが、案外有名だったりして、なんて悠長なことを考えながら、璃那は家へ向かう道を歩く。
少しすると、家の門が見えた。
何故か、黄蘗家は相当なお金持ちらしい。
物心着いた時には既にあの家に住んでいたし、理由なんて気になりもしない。
それに璃那は、この家が嫌いだ。
皆して「芽衣」「芽衣」と、妹であり、両親と血が繋がっている芽衣のことばかり気にかける。
そりゃあ、芽衣は頭もいいし真面目だし、優しくて良い奴だから、璃那だって芽衣のことが大好きだ。
でも、血が繋がっていないからって、無視だとか虐待だなんて酷いにも程がある。
だから、璃那はこの家が嫌いなのだ。帰りたくない程に。
芽衣と言う可愛い妹がいなければ、璃那は確実に家の金と荷物を持って家出しているだろう。
璃那からしたら、義父母である彼ら。芽衣に感謝しろよ、なんて思いながら璃那は家に帰るのだ。
…そして、家に入り、両親に何の声もかけず部屋に戻った璃那。
荷物を置いて次に向かったのは、芽衣の部屋であった。
芽衣の部屋に入るとまず目に入ったのは、ベッドに寝転がっている芽衣…ではなく、その横にある、サイドテーブルに乗せられたプリンの容器のようなもの。
…記憶違いかもしれないが、璃那は義父達におやつなど買ってもらった記憶が無い。
自分が知らないだけで、芽衣はいつも買ってもらっていたのだろうか?
もうこの歳だ、おやつを買って貰えないだけで駄々を捏ねたりはしない。
でも、自分だけ仲間外れにされているのはいい気分がしない。
…まぁ、もう別にどうでもいいが。
「…おいおい、冗談だろ?」
それが、璃那の内心の気持ちだった。
璃那の記憶にある限り、父親…義父は、まさしく仕事人間だった。
彼が看病だなんて、考えられない。
何の躊躇いもなくそう言う芽衣を見て、璃那は思う。
「こいつは、もしかして風邪をひく度に父親に看病してもらっていたのか?」と。
そう言い、まるっきり嘘の理由をつけて、璃那は逃げるように芽衣の部屋を出て、自分の部屋に戻った。
自分の部屋に戻り鍵を急いで閉めて、ドアにもたれかかったまま璃那は座り込む。
「…あぁ、なんであいつはあんなに好かれているんだろう」
そう思いながら、璃那は踞った。
「あーあ、最低なお姉ちゃんやわ…w」
1人真っ暗な部屋の中で、璃那は蹲ったまま暫く泣いていたのだった。
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次の日………
朝、目が覚めた璃那は、制服を着たままベッドにうつ伏せで眠っていた。疲れていたのか、着替えもせずに眠ってしまったらしい。
寝た時間が早かったからか、普段よりも起きる時間が早かった。
時計は4時半を指していた。
服を脱いで、もう1枚の制服に着替えた璃那は、脱衣所まで着ていた制服を持っていこうとする。
途中で会ったお手伝いさんに引き止められ、洗濯物を預けると、速攻で部屋に戻らされたのだが。
まだしばらく時間もあるが、特にすることもない。再びベッドに寝転がった璃那は、昨日の出来事を思い出す。
『お父さん達に看病してもらったから、』
静かな部屋の中に、どこか諦めたような声が響いた。
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数時間後、学校にて………
3時間目終了後……
自分でも自覚はある。
昨日の出来事があったからか、今日の璃那はあまり集中力がない。
もちろん、今日も芽衣は熱があるため休んでいる。
自分が学校にいる間にも、芽衣は父親たちに看病してもらっているのだろう。
それを考える度に、虫唾が走る。
…何故だろうか?
両親とは言え、義理の両親だし、妹だって義理の妹だ。
…そこまで、考える必要も無いのに。
白夜にお礼を告げて、4時間目の準備をした璃那は、再び考える。
授業のことでもなく、依頼のことでもなく、自らの家庭のことを。
恵まれている自覚はある。欲しいものは基本的に手に入るし、自分で言うのもなんだが、容姿だってそこそこいい自信もある。
でも、お金で買えないものは、璃那でも大抵手に入らないのだ。
…両親の、愛情とか。
それを、自分の妹は無償で受けている?
何もせず、寝転がっていれば、おやつまで買ってきてもらえる?
…あぁ、もう…考えれば考えるほど、
チャイムの音が鳴り響き、その声は、誰にも届くことは無かった。
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放課後、女子トイレにて………
そのまま何事もなく、放課後に。
…いや、璃那はあの後もずっと家族関連のことで悩んでいたのだが。
そう言いながら璃那は、ポケットに入れていたカッターで指先を軽く切り、出た血を御札に付ける。
それを見て華風は、少し怪訝そうな顔をした。
そんなことを話している間に、4時44分になったようで、華風のスマホのアラームが鳴る。そして。
璃那の首を思いっきり掴んだ謎の手。その手は、壁から生えていた。
そう言い、璃那は御札でその手を引き剥がして、無理やり壁から引っ張り出した。
少女の悲鳴のようなものが聞こえ、耳を塞ぎたくなるが耐えて、そいつを…少女を無理やり引きずり出す。
悲痛な叫び声が響いて出てきたのは、見た目は可愛らしい少女だった。
御札で動きを封じられたその霊は、涙目で璃那達を見た。
包帯が巻かれた首をさすりながら璃那はそういう。
傷が治っていないのだから、掴まれたら痛いに決まっている。
アラがその霊と話している間にも、その霊は璃那のことを見ていた。
何故だろう、と思いながらも璃那はアラとその霊の会話を見ていた。
そう言いながら、璃那は思うのだった。
「…同じなわけがあるか」、と。
内心の怒りを隠しながら、璃那はその霊と向き合うためにその霊の前にしゃがむのだった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。