ケントくんと同居させてもらえることになって、初めての朝。
ピンクの髪、青い瞳。
知らない、顔。
少しも見慣れない、自分の姿に戸惑いながら、鏡の前で身支度を済ませる。
私は、昨日気を失った時に寝かされていた部屋を、そのまま私の部屋として使わせてもらうことになった。
呟くと、鏡の中の見慣れない自分の唇も、同じ形に動いた。
鏡台に載せられたメモ用紙の束から一枚取り、状況を整理するために、覚えている漫画の設定を書き出すことにした。
『ここは人間とヴァンパイアが共存する世界』
『昔は、吸血鬼と人間は世界を住み分けていたから、どちらも平和だった』
『近頃、吸血鬼側が人間の世界に危害を加えるようになり、女性がさらわれはじめた』
『夜しか行動できなかったはずのヴァンパイアに、太陽光に強い種が増えだした』
『秩序を乱すのは、太陽光に強いヴァンパイア』
『ヴァンパイアと戦えるのは、討伐隊だけ』
昨夜亡くなるはずだったケントくんのお父さんは、無事に生き続けるはず。
漫画では、むしろヴァンパイア討伐隊にケントくんが入らないと、物語は進まない。
私が変えてしまったことで、これからの展開が大きく変わるのかもしれない。
──コンコン。
ノックされ、返事をすると、ドアが開いた。
食卓に向かう前に、少し寄り道をすることになった。
寝たきりになっているお母さんに、朝のあいさつ。
漫画では、お父さんが亡くなってしまったせいで、お母さんも心労がたたり、間もなく亡くなってしまう。
*
食卓についてすぐ、メイドさんが料理を一品ずつ運んできてくれた。
漫画では、お父さんが亡くなったことで、すぐに家が没落してしまったから、
私たち読者が見ているのは主に、貧しい暮らしをしているケントくんだった。
急に、目の前に座るケントくんが、嬉しそうに右耳に手を当てた。
彼がその名前を口にしたことで、私の心は自分勝手に曇る。
アイリスは、『ヴァンパイアゲーム』のヒロイン。
ケントくんの幼なじみで、……好きな人。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!