第17話

3.西内くんのヒミツ-4
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2018/08/29 04:36
桜井心春
桜井心春
うそ、でしょ……
この世界に魔法使いがいるということは知っている。
でも、実際に出会ったことはないし、魔法を見る機会なんてないと思ってた。
だから、空を飛んだ西内くんには本当にビックリして……全身の力が抜けてしまった。
へたへたと座り込み、ただただ非現実的な光景をながめることしかできない。
西内蓮
西内蓮
桜井、大丈夫?
私の異変に気づいたのか、西内くんはすぐに地上に降りてきた。私のそばに駆けよると、腕で背中を支えてくれる。
桜井心春
桜井心春
う、うん。大丈夫……
西内くんの顔がごく近い距離にあって、たまらず目をそらした。
背中に彼の温もりを感じて、よけいに顔が熱くなる。
こんなに驚くことがあっても、恋心は通常運転だなんてふしぎ。
西内蓮
西内蓮
立てる? 驚かせて悪かった
私の身体を支えて立ち上がらせてくれる間、西内くんのほおも赤く染まっていた。
桜井心春
桜井心春
ありがとう……
ふたりとも立ち上がった後は少し距離をとった。
ほっとしたようで、もう少し近くにいたかったような気もする。
西内蓮
西内蓮
もう気づいてると思うけど、俺──魔法使いなんだ
西内くんは改めて、自分のヒミツを告白した。
桜井心春
桜井心春
うん。初めて見たけど、今のが魔法なんだよね。夢でも見ているみたい……
西内蓮
西内蓮
この辺りに魔法使いはほとんどいないから、驚くのも無理ない
実際に魔法を見せてもらったのに、まだ信じられないでいる。
まさか、西内くんが……私の彼氏が、魔法使いだったなんて。
みんなにはヒミツって言ってたけど、私に教えてもよかったのかな……?
桜井心春
桜井心春
西内くん、どうして私に魔法使いだって教えてくれたの?
西内蓮
西内蓮
桜井には話しても大丈夫って思ったから、かな。教室で白鳥のことを『魔法使いだったらかっこいい』って話してるのも聞こえたし……
西内くんは髪をいじりながら、言いにくそうに話していた。
千秋ちゃんとの会話、聞こえてたんだ。あれは、周りに〝私は千秋ちゃんの味方〟って伝えるための言葉だったんだけどな。
気にさせて悪かったと思う反面、ちょっとうれしい。
何より、私のことを信頼して話してくれたことがうれしいよ。
桜井心春
桜井心春
西内くんのこと、いつもかっこいいって思ってるよ
西内蓮
西内蓮
ありがとう。……なんか、言わせたみたいでごめんな
西内くんは気まずそうに笑う。
桜井心春
桜井心春
本当に思ってるよ。空を飛んでる姿もかっこよかった! 私もあんなふうに飛んでみたいな
西内蓮
西内蓮
……じゃあ、一緒に飛んでみる?
桜井心春
桜井心春
えっ?
西内くんは真顔で、とても冗談を言っているようには見えなかった。
本当に、私も一緒に飛ぶことができるの……?
でも、どうやって?
西内蓮
西内蓮
桜井は前に乗って
桜井心春
桜井心春
ま、前に?
どうやら、ふたりでほうきに乗るつもりらしい。ってことは、いつもより近い距離まで近づくってことだよね?
そんなの、心臓が持ちそうにないよ……!
それに、いざ飛ぶとなると怖いと思っちゃう。
観覧車に乗るのとはワケが違うよね。
こんな細長いのに乗って宙に浮くなんて大丈夫? 折れたりしない……?
恥ずかしさと恐怖で、どうしても一歩がふみ出せないでいた。
西内蓮
西内蓮
桜井、どうした?
西内くんは、ピクリとも動かない私をふしぎそうに見つめている。
桜井心春
桜井心春
……飛んでみたいって言ったくせにって思うかもしれないけど、ちょっと怖くて
西内蓮
西内蓮
そっか。無理強いはしないけど、俺が後ろから支えるから安心して。絶対に桜井を危険な目にあわせたりしないから
その体勢が照れくさいんだけど……そんな風に言われたらドキドキしちゃうな。
不安な気持ちが少しずつ消えていく。
西内くんが一緒なら大丈夫だって思えてくる。
桜井心春
桜井心春
私、飛んでみる……!
心を決めて、一歩一歩彼のもとへと近づく。
西内蓮
西内蓮
前に乗って、ほうきをしっかり握って
桜井心春
桜井心春
う、うん!
言われた通りにすると、西内くんの声がいつもより近くてすごくドキドキした。
手に汗をかきながらもしっかりと握る。
彼は私を包み込むようにほうきを持った。
想像していた通り、いやそれ以上に近い……!
まるで後ろから抱きしめられているみたい。
西内くんの温もりを感じるたびに胸の高鳴りが止まらない。
西内蓮
西内蓮
じゃあ、飛ぶよ?
胸がいっぱいになって言葉が出てこない。
何度かうなずくのでせいいっぱいだった。
未知の世界に足を踏み入れる、その瞬間にそなえてぎゅっと目をつぶる。
すぐに足の裏が地面から離れていく。
エレベーターで高層階まであがったときのように身体がふわふわする。
目を閉じていても、少しずつ高いところまでのぼっているのがわかった。
西内蓮
西内蓮
怖い?
桜井心春
桜井心春
目、閉じてるからよくわからない……
西内蓮
西内蓮
落ちることは絶対にないから、大丈夫。目を開けてみて? すごくキレイだから
まるで子供をあやすみたいな優しい話し方。
去年、西内くんに恋をしたあのときと同じだ。
空中っていうありえない状況なのに、どうしてだろう、心が落ち着く。
西内くんが「大丈夫」って言ってくれるだけで安心できる。
まだちょっと怖いけど、西内くんを信じてみようと思った。
私はきつく閉じていた瞳をゆっくりと開けた。
桜井心春
桜井心春
……わあ、すごい!
空を飛んでいる、というよりは空の真ん中を泳いでいるみたいな感覚だった。
見上げるだけだった空と今は同じ目線にいる。地上にいるときよりも空気が爽やかに感じて、ほおを撫でる風は海風よりも冷たい。
そこまで高くはないのに、展望台よりもずっと眺めがいい。
子供のころにあこがれた魔法少女になったみたい! 夢でも見ているみたいだ。
西内蓮
西内蓮
どう? 鳥になった気分は
桜井心春
桜井心春
ぱぁって世界が広がった感じがする! こんなに素晴らしい景色は初めて見たよ
西内蓮
西内蓮
……よかった
背中ごしに聞こえる西内くんの声は心なしかうれしそうだった。
十分くらい空の旅をマンキツして、私たちの初デートは終了した。

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