第2話

第2話
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2023/01/02 04:00
人は死んだら空にのぼるんだよ、とおばあちゃんが教えてくれた。

一緒に住んでいたおばあちゃんは、朝起きるたびに空に向かって手を合わせていた。
実莉
実莉
なにをお祈りしているの?
子供のころ、そう尋ねたことがある。
おばあちゃん
今日も、健康で暮らせますようにって
実莉
実莉
神様にお祈りしているの?
おばあちゃん
はは、そうじゃないよ。おじいちゃんや、先祖の人にお祈りしてるんだよ
実莉
実莉
よくわかんない
おばあちゃん
人間はね、命が終わったら空にのぼるんだよ
実莉
実莉
ふーん。私もいつかあそこへ行くの?
おばあちゃん
実莉みのりちゃんが行くのは、もっとずっとずーっと先のことだよ
しわくちゃの顔で笑うおばあちゃんに、私はよくわからないままうなずいたっけ……。
ずっと忘れていたのに、ハルと会話したとたん思い出した。

今ごろおばあちゃんもあの空にいるのかな?
まだ空にのぼれない私を心配してくれているのかな……。
そもそも私はなんでこんなところにいるのだろう。
ハル
ハル
大丈夫?
ザーッと雨の音が急に大きくなった。
実莉
実莉
あ、うん……
うなずくけれど、まだハルに話しかけられたことに動揺している。
長い間ずっとひとりぼっちだったから、まだ現実のことに思えない。

ううん、現実の世界に私はもう存在していないんだ。

ハルは、青いカサをさしてくれている。
そんなことしなくても私は雨からも嫌われているから濡れないのに。
そっとハルを覗いてみる。

彼を初めて見たのは、少し前のことだった。
どれくらい前かは覚えていない。
たしか、今日みたいに突然雨が降り出した夕暮れだった。





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ハル
ハル
もしもし、俺。うん、そう。ハルだけど
歩道橋の向かい側に立つ彼は、スマホを片手に誰かと話をしている。
栗色の髪に、意思を感じる強い瞳。
ブレザーの制服に茶色いチェック柄のネクタイが緩めに結ばれている。
そういえば、この間もここで見た気がするけれど、気のせいかな……。
実莉
実莉
ハル
聞こえないように小声で言ってみた。
ハルっていうのはあだ名かな。
本当の名前はなんだろう?
実莉
実莉
春生はるき公治きみはる晴久はるひさ……
どれもしっくりこない。

幽霊になってから、ずっと歩道橋の上に立っている私。
1日が終わるごとに記憶がぽろぽろとはがれ落ちている感覚がずっとある。

なぜ自分が死んだのか、なぜここにいるのか、いつ、どこで、誰と?
雨の向こうにけぶる景色みたいに、うっすらとしか記憶に残っていない。
実莉
実莉
そのうち、自分の名前をも忘れちゃいそう
だから思ったことや目にした文字、聞いたことを言葉にするようにしている。
ハル
ハル
こっちも降り出した。え、カサ? 持ってるって
背負っている通学リュックから折り畳みのカサを取り出すと、彼は片手で器用に開いた。
青空と同じ色の布地に、彼の顔が見えなくなる。

そのときだった。
歩道橋の右側の階段の下になにかいることに気づいた。
黒色と白色の毛がまだら模様になっている。
実莉
実莉
ネコ……?
必死で階段をのぼろうとしているけれど足が短くて届かないみたい。
なんだかかわいそうになり、階段のそばまで進む。
この階段をおりようとしたことはこれまでもあった。
でも、そのたびに言いようのない寒気が体を襲ってくるから、最近はあきらめていた。
実莉
実莉
がんばれば行けるかも
気合いを入れ、階段に片足をおろそうとしたとき、
ハル
ハル
花火大会かあ
ハルの声がすぐ近くで聞こえた。
ふり向くと、さっきと同じ場所でハルは遠くの空を眺めていた。
その横顔になぜか目が吸い寄せられる。

雨を読むようにあごをあげるハルにつられて空を見た。
ハル
ハル
実はこの歩道橋って穴場でさ。花火大会がよく見えるんだよ
実莉
実莉
花火……大会? ああ……毎年、湖のところでやってるよね
ハル
ハル
湖んとこだと人が多すぎるし。ああ、うん。『ハルって名前なのに夏好き』なのは自分でも認めてる
実莉
実莉
私も夏が好きだよ
まるで普通に会話しているみたいだね。
そこまで考えて気づいた。
実莉
実莉
私……湖の花火大会のこと覚えてた
手放した記憶が戻ったみたいでうれしくなる。
毎年8月におこなわれている大会で、たしか……少し先にある湖で――。

ふいに遠い記憶が頭をかすめた。

――夕焼け

――教室

――『花火大会に行かない?』

――誰かの声
実莉
実莉
いたっ
頭の奥深くを刺されたような痛みが生まれ、思わずうずくまってしまう。
そんな私をサラリーマンがすり抜けていく。

一瞬浮かんだ映像は、雨に溶けるように消えてしまった。
気づくともう階段の下にネコはいない。
ハルの青いカサも見つからない。

雨はいっそう激しく、歩道橋をたたいている。

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