第4話

第4話
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2023/01/16 04:00
実莉
実莉
ど、どうしてそのことを知ってるの!?
おばあちゃんが言ってた言葉……!
思いもよらないハルの言葉に、シャツの袖を思わずつかんでしまった。
ハルは目を丸くしている。
ハル
ハル
ばあちゃんに教えてもらった
実莉
実莉
私もおばあちゃんに――
言いかけて気づく。
あれ、ハルに触れられている……。
バッと手を離す私をハルはいぶかしげに見ている。
実莉
実莉
え、どうしてさわれるの……?
指先の感触はたしかにあった。
これまでも物によってさわれたりさわれなかったり。
でも、人間にさわれたことはなくみんな私をすり抜けていった。
ハル
ハル
いや、まさしくそれが問題でさ
不機嫌そうな顔を近づけてくるハルに、思わずあとずさりをした。
ハル
ハル
霊感の周期ってのがあってさ。年に何回か、霊感が冴えわたる時期があるんだよ。で、今がその時期みたい。そういうときって霊体にさわれるんだよ
ひょい、と私の右手をつかんだハルに文字どおり体が固まってしまう。
ハル
ハル
生きている人となんら変わりないだろ。でもさ、逆に問題もあってさ
離された手がぱたんと太もものあたりに落ちた。
まだ胸がドキドキしている。
ううん、そんな気がしているだけだ。
とっくに私の心臓は動きを止めているから、そんなことはあるわけがなくて、だけどハルにはさわることができて……。
ああ、もうわけがわからない。
ハル
ハル
幽霊ってさ、このあたりには少ないけど俺の通学路には  けっこうたくさんいてさ
実莉
実莉
そうなんだ……
ハル
ハル
向こうは俺の体をすり抜けられると思ってるだろ? だから普通にぶつかってくる。それも正面衝突で思いっきり
にがい顔のあと、ハルは片方の眉をあげていたずらっぽい表情になった。
ハル
ハル
だから自転車には乗れないんだよ。自転車で下り坂を走ってるときに幽霊とぶつかったと想像してみて。それこそ大事故になる
実莉
実莉
へえ、大変なんだね
ハル
ハル
幽霊だって交通ルールを守るべきだと俺は思うんだよな
はたから聞いたらおかしな会話だろう。
それからハルは口のなかで小さくため息をついた。
ハル
ハル
こういう話をしたのって、ずいぶん久しぶりだからすげえうれしい
実莉
実莉
そうなの?
ハル
ハル
小さいころから幽霊が見えててさ。たまにさわることもできた。ある日、母親に話をしたんだよ。『あそこに幽霊がいるよ』って。最初は笑ってくれてたけど、だんだん注意されるようになった。ある日、俺が寝ているときに母親が父親に言ってたんだ
実莉
実莉
なにを?
ハル
ハル
『あの子が怖いのよ』とか『ちょっとおかしいんじゃないか』って。病院にも連れていかれて、よくわかんねえ病名つけられたし、薬も飲まされた
雷に打たれたような衝撃が体に走った。
ハルは手すりに背中をもたれさせ、まだ空を覆う雲を眺めている。
ハル
ハル
あれはショックだったな。だからそれ以来、幽霊が見えることは誰にも言えなくなった。もちろん先生や友達にも
実莉
実莉
あ……
なにか言葉にしたいのに、なにも出てこない。
ハルは小さいころからずっと悩んでいたんだ……。
誰にも言えない秘密があるのって、きっと悲しいよね。
世界でひとりぼっちのような気がしちゃうよね。
ハル
ハル
え、マジで?
目を丸くして私を見るハル。
気づくと視界がぐにゃりとゆがんでいる。
ああ……私、泣いているんだ。
頬に触れると温かい涙がこぼれていた。
ハル
ハル
なんで山本さんが泣くの?
実莉
実莉
ちが……。なんでかわかんない。でもなんか、苦しくって。ごめんね、こんなの逆に失礼だよね
話を聞いただけなのにわかったフリで泣いちゃうなんて最低だ。
手の甲で涙を拭いていると、ハルは三日月みたいに目を細めた。
ハル
ハル
いや、なんかうれしい。ありがとう
その顔が本当にうれしそうで、ハルの周りがパッと明るく輝いた気がした。
それを見てわかったんだ。

私の世界はずっと暗闇だったんだ、って。
実莉
実莉
でも不思議。幽霊なのにさわれたり泣いたり、胸もドキドキしてる
これじゃあ恋をしているのと勘違いされてしまう。
実莉
実莉
驚いてドキドキしてるって意味だけど
とあわててつけ加えた。

ハルは軽く引いたあごに手を当ててから、大きくうなずいた。
ハル
ハル
その理由は簡単。今から言うこと、拒否せずに受け入れてくれるなら教えるよ
実莉
実莉
え……拒否?
ハル
ハル
言葉ってのはさ、自分が受け入れたくないって思ったらそれ以上は頭に入ってこないんだ。親の説教とか、苦手な数学とかもそう。聞いてるつもりでも頭に入ってこないことってあるだろ?
なんとなくわかるけれど、この瞬間にも私の記憶はボロボロとこぼれ落ちている。
やっと話ができる人を見つけたんだからちゃんと受け止めたい。
実莉
実莉
わかった。ちゃんと聞くから教えて
そう伝えると、ハルは体を私に向けた。
遠くにある雨雲の間から、丸い月が見えた。
銀色の光がビルを照らしている。
なんて幻想的な風景なんだろう……。

そしてハルは言った。
ハル
ハル
山本さん、君はまだ生きているんだよ
と。

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