おばあちゃんが言ってた言葉……!
思いもよらないハルの言葉に、シャツの袖を思わずつかんでしまった。
ハルは目を丸くしている。
言いかけて気づく。
あれ、ハルに触れられている……。
バッと手を離す私をハルはいぶかしげに見ている。
指先の感触はたしかにあった。
これまでも物によってさわれたりさわれなかったり。
でも、人間にさわれたことはなくみんな私をすり抜けていった。
不機嫌そうな顔を近づけてくるハルに、思わずあとずさりをした。
ひょい、と私の右手をつかんだハルに文字どおり体が固まってしまう。
離された手がぱたんと太もものあたりに落ちた。
まだ胸がドキドキしている。
ううん、そんな気がしているだけだ。
とっくに私の心臓は動きを止めているから、そんなことはあるわけがなくて、だけどハルにはさわることができて……。
ああ、もうわけがわからない。
にがい顔のあと、ハルは片方の眉をあげていたずらっぽい表情になった。
はたから聞いたらおかしな会話だろう。
それからハルは口のなかで小さくため息をついた。
雷に打たれたような衝撃が体に走った。
ハルは手すりに背中をもたれさせ、まだ空を覆う雲を眺めている。
なにか言葉にしたいのに、なにも出てこない。
ハルは小さいころからずっと悩んでいたんだ……。
誰にも言えない秘密があるのって、きっと悲しいよね。
世界でひとりぼっちのような気がしちゃうよね。
目を丸くして私を見るハル。
気づくと視界がぐにゃりとゆがんでいる。
ああ……私、泣いているんだ。
頬に触れると温かい涙がこぼれていた。
話を聞いただけなのにわかったフリで泣いちゃうなんて最低だ。
手の甲で涙を拭いていると、ハルは三日月みたいに目を細めた。
その顔が本当にうれしそうで、ハルの周りがパッと明るく輝いた気がした。
それを見てわかったんだ。
私の世界はずっと暗闇だったんだ、って。
これじゃあ恋をしているのと勘違いされてしまう。
とあわててつけ加えた。
ハルは軽く引いたあごに手を当ててから、大きくうなずいた。
なんとなくわかるけれど、この瞬間にも私の記憶はボロボロとこぼれ落ちている。
やっと話ができる人を見つけたんだからちゃんと受け止めたい。
そう伝えると、ハルは体を私に向けた。
遠くにある雨雲の間から、丸い月が見えた。
銀色の光がビルを照らしている。
なんて幻想的な風景なんだろう……。
そしてハルは言った。
と。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。