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第5話

第5話
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2023/01/23 04:00
実莉
実莉
生きてるって……私が?
ざわっと胸の奥が音を立てた。
実莉
実莉
そんなはずないよ。だって、私はもうずっとここにいて……
ハル
ハル
生物学的には君は死んでいる。だけど、霊的に言うと迷子の状態なんだ。って、俺もほかの幽霊から聞いた話なんだけどさ
迷子の状態、ってなんのことだろう。
頭の奥のほうで、わずかに痛みが生まれるのがわかった。
ハル
ハル
迷子になっているのは君の記憶のこと。死んだ人はすぐに空にのぼるけど、体と記憶がバラバラになった人は、記憶を見つけるまでは幽霊になってこの世をさまようんだ
実莉
実莉
記憶……
ハル
ハル
体は死んでいるけど、心は生きている状態なんだろうな
ハルが言うように、毎日どんどん自分の記憶が失われている感覚はある。
ハル
ハル
たとえば山本さんは、自分の高校の名前って覚えてる?
黙って首を横に振った。
セーラー服の左袖にアルファベットでKKと刺繍がされていて、これまでも何度か考えたけれど名前は思い出せないまま。
ハル
ハル
家族や友達のことも?
実莉
実莉
うん……。最低だよね、ぜんぶ忘れちゃってる
覚えているのは、自分の名前だけ。
それも毎日口に出さないと忘れそうなほどもろい記憶。
ハル
ハル
それでも大丈夫だよ
実莉
実莉
どういう意味?
ハル
ハル
取り戻さなくちゃいけない記憶はたったひとつだけなんだって。それは、なぜ自分が死んだのかを思い出すことらしい
自分がなんで死んだのか、私は覚えていない。
気づけばこの場所に立っていた。
通り過ぎる人に声をかけて、誰かに助けてもらいたくて、誰も助けてくれなくて……。

頭の痛みはさっきよりも強くなっている。
なにかを思い出そうとするといつもこうだ。
黒くて重い気持ちに体が染まっていく感覚に襲われる。
実莉
実莉
……どうせ、無理だよ
マイナスな言葉がポロリとこぼれた。
実莉
実莉
毎日どんどん記憶がなくなってる。思い出そうとすると頭が痛くなるし、悲しみにつぶされそうになる。きっと、もう私の記憶は消えてしまったんだよ
急にだるさを覚え、崩れるようにその場に座りこんでしまった。
そう、これからも私はここに居るしかないんだよ。

ハルは器用に折り畳み傘をしまいながら、
ハル
ハル
いや、記憶はまだ迷子のままだ
と、冷静に言った。
ハル
ハル
記憶を見つければ空にのぼれるんだからあきらめんなよ
実莉
実莉
……どうだっていい。どうだっていいよ。どっちにしても私が死んだことには変わりがないし
ハル
ハル
どうでもよくない。君を想ってくれていた人、君が想っていた人のことを忘れたまま、永遠にここにいるつもり?
膝を曲げたハルが、私をひょいと指さした。
ハル
ハル
それに君はまだ泣けている。心がまだある証拠だよ
実莉
実莉
これは……
こぼれる涙を拭う私にハルはなぜかほほ笑んだ。
ハル
ハル
言ったろ? 1度、言われたことを受け止めてごらん。できなければ仕方ない、くらいの気持ちでいいと思うし
そうだった。
拒否せず受け入れるように言われていたっけ……。
実莉
実莉
ハルはどうして私に親切にしてくれるの? 幽霊なんてめんどくさい存在でしょう?
そう尋ねるとハルはニヤッと笑ってから膝を伸ばした。
つられるように立ち、手すりにもたれて夜を見る。
ハル
ハル
子供のころは幽霊が見えることでいいことなんてひとつもなかった。誰にも幽霊の存在を理解してもらえないし、むしろ口にすればみんな離れていった。幽霊そのものを憎んだこともある
風に目を閉じるハルが絵画のように美しかった。
ハル
ハル
けどさ、幽霊が見えることに意味がある気がした。だったら、空にのぼれるように手伝いをしようと思ったんだ
実莉
実莉
じゃあ、ハルはいろんな幽霊の手伝いをしているの?
ハル
ハル
ああ。といってもたくさんいすぎてキリがないから、通学路をジャマしている幽霊に限るけどな
実莉
実莉
え、じゃあ私は……?
ハルは小さく口のなかで笑う。
ハル
ハル
ここは通学路じゃないけど、まあ見かけたのもなにかの縁だし
本来の彼の守備範囲じゃないのに助けようとしてくれていることに、うれしさがこみあがってきた。
実莉
実莉
ハルはやさしいんだね
そう言ってから、名前を呼び捨てにしたことに気づき慌てて手を横に振った。
実莉
実莉
ごめん。遥翔くん、だったね
ハル
ハル
ハルでいいよ。それに、さっきから何回かそう呼ばれてるんだけど
実莉
実莉
え、ウソ!?
ハル
ハル
俺調べによると2回は言ってるな。まあ、俺も実莉って呼ばせてもらうってことで
突然の展開に胸がまた騒がしい。
ハルは体ごと私に向くと、右手を差し出した。
ハル
ハル
実莉が空にのぼれるように手伝いをする。てことで、よろしく
実莉
実莉
よろしく……お願いします
手を握り返す私に、ハルはくすぐったそうに笑った。

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