ざわっと胸の奥が音を立てた。
迷子の状態、ってなんのことだろう。
頭の奥のほうで、わずかに痛みが生まれるのがわかった。
ハルが言うように、毎日どんどん自分の記憶が失われている感覚はある。
黙って首を横に振った。
セーラー服の左袖にアルファベットでKKと刺繍がされていて、これまでも何度か考えたけれど名前は思い出せないまま。
覚えているのは、自分の名前だけ。
それも毎日口に出さないと忘れそうなほどもろい記憶。
自分がなんで死んだのか、私は覚えていない。
気づけばこの場所に立っていた。
通り過ぎる人に声をかけて、誰かに助けてもらいたくて、誰も助けてくれなくて……。
頭の痛みはさっきよりも強くなっている。
なにかを思い出そうとするといつもこうだ。
黒くて重い気持ちに体が染まっていく感覚に襲われる。
マイナスな言葉がポロリとこぼれた。
急にだるさを覚え、崩れるようにその場に座りこんでしまった。
そう、これからも私はここに居るしかないんだよ。
ハルは器用に折り畳み傘をしまいながら、
と、冷静に言った。
膝を曲げたハルが、私をひょいと指さした。
こぼれる涙を拭う私にハルはなぜかほほ笑んだ。
そうだった。
拒否せず受け入れるように言われていたっけ……。
そう尋ねるとハルはニヤッと笑ってから膝を伸ばした。
つられるように立ち、手すりにもたれて夜を見る。
風に目を閉じるハルが絵画のように美しかった。
ハルは小さく口のなかで笑う。
本来の彼の守備範囲じゃないのに助けようとしてくれていることに、うれしさがこみあがってきた。
そう言ってから、名前を呼び捨てにしたことに気づき慌てて手を横に振った。
突然の展開に胸がまた騒がしい。
ハルは体ごと私に向くと、右手を差し出した。
手を握り返す私に、ハルはくすぐったそうに笑った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。