前の話
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和人は通学途中の道を歩いていた。12月に入ってから雪も降り出し寒さは一向に増した。いつも通りも通学路であった。しかし、何故か今日は道端にあった線香と花が視界に入った。きっと、誰かが事故に合いなくなったのだろう。横を走る車は普段より速度を抑えて走っていた。
横断歩道が青になり渡っていると、叫び声が聞こえた。一瞬の出来事であった。最後に覚えているのは自分に突っ込んでくる赤い車だった。
目が覚めると自宅のベッドにいた。体に怪我はない。あれは夢だったのか、そう思い大学へ行く準備を終え自宅を出た。今日の北日本は天気予報通りの雪であった。夢のせいかこの通学路を歩くのは今日が2回目のようだった。しかし、それは違った。あの時、道端にあった線香と花がなかった。
「おはよう」
後ろから肩を叩かれた。振り返ると見覚えのない女性がいた。
「……おはようございます」
人見知りもあり言葉に詰まったがなんとか言葉を返した。女性は嬉しそうに笑っていた。
「お兄さんは、〇〇大学の学生?」
「はい… そうです……けど」
いきなり身分を聞かれ戸惑った。
「一緒!よかったら一緒に行きませんか?」
人見知りの自分が女性から話しかけられる事など今まで一度もなかったので正直嬉しかった。
「…いいですけど」
和人の中には嬉しさと緊張が入り混じっていた。
それから彼女とは通学路で毎日会うようになった。日に日に仲良くなり休日はゲームセンターやボーリングに出かけた。彼女は何をするもの楽しそうにただ笑っていた。
ある日彼女は真剣に僕の目を見て言った。
「もし…良ければでいいんだけれど…その…付き合ってくれない」
突然だった。
和人は少し時間を置いて言った。
「少し考えさせてほしい」
そう言ってその日は別れた。
次の日再び通学路で彼女と会った。昨日のことはなかったように彼女はいつものように笑っていた。
和人は昨日から頭が痛い。彼女の笑顔のためにもなるべく表情に出したくなかった。
その後、和人は彼女とはいつものように遊んだ。次の日も、その次の日も遊んだ。一方和人の頭痛は治らなかった。それどころか日に日に痛みは増していた。
ある日、朝早く彼女と散歩に出かけた。朝日に照らされる彼女の横顔が目に映った。朝日はとても輝いていたが、それ以上に彼女の頬に流れたものが輝いていた。
彼女を見たのはこれが最後だった。
和人は倒れた。
目を覚ますと病院のベッドにいた。病院の人が言うには和人は赤い車に跳ねられたらしい。頬は湿っていた。ふと右手を見ると何故か手紙を握っていた。
手紙を開いた。
「今までありがとう。楽しかった。ずっと忘れない。」
和人は病院を飛び出し彼女を探した。二人で行ったゲームセンター、ボーリング場、散歩した道。最後に行き着いたのは通学路だった。そこには線香と花が添えられていた。
彼女との思い出は夢か現実か分からない。しかし彼女はもう自分と会えないのをどこか予感していたと思った。
和人は彼女との思い出を忘れないために二人の物語を書いた。あの時彼女に言えなかった返事と一緒に。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!