第5話

なくなった記憶は悲劇の再来を表した
497
2021/10/25 13:09
J
あ…!
J
なーくんおかえり!
先生が病室のドアを開けると、どうやらナースさんと話していたジェルくんが俺に一言かける。

ナースさんも顔をホっとさせ、安心させたのか少し上がっていた肩を落とした。
いつもなら「ただいま」と返すだろうが今は生憎声が出ないため、俺は「ただいま!」とスケッチブックに書いて、それをジェルくんに見せた。
J
…!
J
…おかえりなーくん
ジェルくんは緩んだ表情で微笑んだ。













それから数時間がたった。
今度はジェルくんが先生と話していたのだ。

俺はその間、ナースさんと筆談で話していた。
J
なーくん…?
J
どうかしたん?
そして今ではジェルくんは先生との話を終え、ここにいる。

…俺はずっと気になっている事があった。














俺はここに来る前、どうしていたのか。


不自然に見当たらない記憶、それはここに来るまでの経緯だった。
やはりそれがどうしても気になってしまう。













ペンを素早く走らせ、俺は文字の書いたスケッチブックをジェルくんに見せる。
J
………



少しの間沈黙が続いた後、ジェルくんにより話が再開された。
J
なーくん、本当に知りたいの?
俺はジェルくんの目を見て大きく頷いた。
J
…そっか、
J
J
…じゃあ落ち着いて見てほしい
そう言ってジェルくんはポケットからスマホを取り出し、操作する。

見てほしいって…動画……?
J
…なーくんがここに運ばれる前、俺たちライブしてたんだよ
J
覚えてないかもしれへんけど…
J
…っ
J
これ…その時の動画…
ジェルくんは少し目を画面から逸らすと、再生ボタンをタップした。






















stpr
重ねよう唇、1回じゃダメ
動画からは俺たちのライブ映像が写されていた。

Princeの最後だ。
stpr
ずっと一緒だよ
みんなのいい声とともに少し掠れた嗚咽混じりな俺の声が聞こえた。
『バタンッ』
その瞬間、俺はバランスを崩して倒れた。
J
なーくんツ!?
1番に俺の事を気づいたのはジェルくんだった。
リスナーさん
きゃぁぁぁぁあツ!!
リスナーさん
なーくんツ!?
リスナーさん
えツ…!?
次々と聞こえるリスナーさん達の声。
N
N
ぉ…え、んあ゛…あぃ…
ステージの上で横たわっている俺は今のような声でそういった。

"ごめんなさい"

とある言葉が頭によぎる。

俺はごめんなさいって言おうとしてたのか?
C
なぁくんツ!?
R
ぇ…ツ
S
ツ…!!!
R
なーくんツ…!?
ジェルくんの叫びと異様な風景で気づいたのか、他のメンバーも俺の名前を呼んで、倒れていた俺に近寄る。

リスナーさん達も随分パニック状態になっていた。
C
なーくん!?ねぇツ!
ころちゃんも相当パニック状態になっていたのか、俺の身体をゆさゆさと激しく揺らした。
S
おいころんツ!やめろ…
C
ぁツ…ごめ、ん…
それにさとみくんは大人な対応を取る。
J
ツ…
J
スタッフさんツ!!!
J
救急車呼んでくださいツ!!お願いしますツ…
スタッフさん
はい!了解ですツ!
スタッフさん
そっちのスタッフは来場者の方退場させてツ!!!
スタッフ
はいツ…!
スタッフ
皆様、ステージ上で問題が発生したため〜…
スタッフさん
…もしもしツ救急車ですか!?
スタッフさん
…はい、はい…!
スタッフさん
はいツ!お願いします!!
R
なー、くん…
R
………
先程まで綺麗なペンライトの海だったライブ会場は一瞬で暗くなって、白い電気に包まれる。

リスナーさん達は俺の倒れた姿を見て泣きながら俺の名前を呼ぶ人や、相当ショックだったのか、数人か気絶している人もいた。

せっかくライブまで来てくれたのに…

俺の目元に涙がたまる。
J
なーくん…
S
C
…溜め込んじゃったのかな、
J
あのなーくんの事やし…
J
…せやろな、
S
今の感じ脈も安定してるから多分気絶…とかだと思う
R
ほんと…っ!?
S
うん…ただ、
S
最後の喋り方…不自然だったよな?
R
確かに…
R
…Princeのセリフのところも何か違和感ありました
S
だからもしかしたら…
J
もうやめようや、こんな話…
J
ほんまになーくんがそうなったら俺ツ…
スタッフさん
皆さんツ!救急車来ました!!
医者
患者はどこにいますか!?
R
ここです!!
ステージの方に数人の医者の方がくると俺を担架に乗せて、ライブ会場のスタッフ用通路へ向かっていった。
J
…俺付き添い行ってくるツ
S
お、おいっ
S
ジェル…
C
…僕達もなーくんのために出来ることをしよう
R
そうだね…
R
僕、なーくんの荷物まとめてきます!
C
まって!僕達も一緒に行く!
S
じゃあころん達なーくんの荷物まとめといて、
S
分かんねぇけどジェル多分スマホも何も持ってないだろうから俺も荷物もってなーくんのとこ行ってくる…
S
それでいいな?
R
分かりましたツ!
R
うん!
C
…分かった、
C
絶対になーくんが起きたら連絡しろよっ!
S
分かってる、
S
それじゃあまたな、
さとみくんが荷物を置いている部屋へ走っていってその映像は終わった。



















N
N
想像していたものよりも遥にその映像で起こっていたことはひどくて、なによりぼやけながらでも写っていたリスナーさん達の顔が頭から離れそうになかった。
さとみくんはどうなったか分からないけど…だからジェルくんがここに…

なくなっていた記憶がこんなにも恐ろしいものだったなんて…

考えるだけでも、嫌になってくる。
J
…これはYouTube用に撮ってたやつやねんけどさ、
J
実はこの時の事をその…
J
盗撮してたリスナーさんがいたらしくて…ツ
J
なーくん覚えてる…?
J
両国国技館のライブ…
N
N
っ…!
両国国技館は2018年に俺らがライブをしたところ。

その時に客席が満員になったのが気に食わなかったのかとかはまだ曖昧ではあるが、その時多くの害悪リスナーの人が増えたのは本当に悲しい事だった。

アクキー壊されたとか店で暴れたとか…

それが全国に、しかも毎日起こるなんて普通ないだろと心から思っていた。
J
実はその盗撮動画がTwitterで大勢の人に拡散されて…
J
声の病気とかに詳しい人とかが「なーくんは心因性失声症なんじゃないか」って言いふらしてる…
J
それを見た他の害悪リスナーとかが失声だから…、
J
「声を失った歌い手」とか言って、それがTwitterで今もまだ拡散され続けてる
J
さっきなーくんのスマホちょっとだけ見ちゃったんだけど、
J
いつもと比べて考えられないくらいのDMが来てる…
J
今は特に何も発表出来てないから「どうゆう事ですか?」って言うのがね、
N
N
…ツ
また…か、
確かに倒れた俺も悪いと本気で思ってる。

ただ盗撮をしてネットでばらまいて…、そんな害悪リスナーの事も許せなく感じた。
俺はまたスケッチブックにペンを走らせる。

"さとみくんは今どこ?"
J
…ああ、さとみは前に俺となーくんの荷物持ってきてくれて、今はころん達の方に居る
J
なーくんが起きるまで付き添いは1人までって言われちゃってね
J
てか動画見返して思ったけどやっぱさとちゃん大人やなぁ…
J
俺なーくんが倒れた時ごっつ焦っとって…
J
普通スマホも何も持たずに外行くのはちょっとやばかったなw
ジェルくんは真剣モードが解除されたのか、いつもの愉快な関西弁へ戻った。

そのおかげか俺の肩の力も少し抜けた。
J
そういやさ、なーくんはさとちゃん達と会いたい…?
N
N
…!
J
なーくんのその…
J
先生が言ってたんやけどな、
J
病気のことも考えると一度に会えるのは2人までらしいんよね
J
でも、それでもいいならいつでもいいんやって!
J
なーくんが良かったらやけど…
J
どうする…?



俺は………、










みんなに会いたいな…。
俺は首を縦に振った。
J
!っ
J
ほんま!?
J
ありがとう!嬉しい…
J
ちょっとさとちゃん達に伝えるな!
ジェルくんはそう言うと持っていたスマホをポチポチと操作した。

今度みんなに会えるのか…。

何だかとても久しぶりな気がしてきた。
コンコンッ…
J
はーい
ナース
失礼します、これ今日の夜ご飯です
J
ありがとうございます!
ナース
いえいえ〜
ナース
そういえばお2人にこれ
J
え…お茶?
ベットに設置されているテーブルに、ご飯が置かれたトレイとそれに加え、2つのお茶が置かれた。

お茶からは小さく湯気が舞っている。
ナース
嫌いだったらごめんなさい!
ナース
さっきこんな私とお話してくれたので…
ナース
お二人共ありがとうございます!
ナース
私ナースとしてここにいてまだ1ヶ月程度なんです…
ナース
それに昔から陰キャで話すのも苦手でしたので…
ナース
今日はその…本当にありがとうございました!
ナース
お茶はお礼です
ナース
良ければ飲んでください
J
ありがとうございます!
ナース
いえいえ、こちらこそ!
ナース
それでは、失礼しました
ドアが閉められ、お茶の方へ視線を向けると暖かいお茶のいい匂いが漂ってくる。

病院のものと聞いて少し不安になったがその逆で、俺に配布された夜ご飯はとても健康そうなものばかりだった。

そういえばちょうどお腹すいてたんだよね
J
あのナースさんめっちゃいい人やんな…
J
てかなーくんのご飯美味しそ(((
物欲しそうな目でジェルくんは俺の夜ご飯を見る。

これまでずっとバタバタしてたんだろうな…


俺もそこまでお腹空いてないし…まぁいっか!

1口分のご飯を箸でとって、ジェルくんの口元に近づける。
J
え…なーくんくれるの?
N
N
コクッ
J
…ごめんなーくん、
J
ちょっとだけ頂くわ!
ぱくっ…

ジェルくんは俺が差し出すご飯を口に運ぶと、目を優しく閉じて美味しそうに味わっていた。
J
美味し〜✨
ジェルくんの幸せそうな顔を見てふふっと笑いながら俺もご飯を口に運んだ。
…やっぱ健康にいい食事って美味しいな
こうして2人でパクパク食べながら最近インスタントばかり食べていた俺は心底そう思ったのであった。

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