おつかいの帰り道。

春の日差しが、ぽっかぽか。

このまま家に帰るのは、もったいない！

なので。

お母さんごめんね！

まっすぐ帰らず、寄り道することにした。

堤防の坂を一気に駆け上がる。

きらきら光る川の水面が見えてきて。

河川敷の大きなグラウンドが広がっていた。

6年前、ここで花火大会があって。

迷子になっちゃって。

そして。

あの子と会ったんだよね。

そのあとすぐに、お父さんの転勤が決まって、引っ越しちゃったから。

会ったのは、そのときだけ。

1回きりだったけど。

この街に戻ってくると知った日から、この場所にずっと来たかったんだ。

家の片付けで忙しくて、なかなか来れなかったから。

うれしいな！

グラウンドの方から大きな声が聞こえてきて。

半袖短パンの小学生男子たちが、走りだした。

コートのまわりを2列になってランニング。

どこかの学校のサッカー部かな。

お休みの日にも練習するとは。

すごい。

けど、それはともかく……。

グラウンドのまわりでおりても、大丈夫かな？

ちょっと気がひけるけど。

隅っこを歩くぐらいならいいよね。

ジョギング中の男の人や犬の散歩をしているおばさんだっているんだし……。

ようし、思いきって行っちゃお！

階段をみつけて。

そうっと。

そうっと。

足を踏み外さないようにおりた。

サッカー部の男子たちは、走り終わったところだった。

ペアを組んで、パスの練習を始めている。

うふふ。

誰も気にしてないみたい。

わたしったら。

意識しすぎ、だよね。

そう思いながら、ルンルン歩きだしたとき。

足になんか！

なんか、かすった！

そういえばお兄ちゃんが。

昔ここでヘビの皮を拾ったって！

自慢してたことがあったような、なかったような。

やだ！

ヘビ、やだようーっ。

やだやだやだやだーっ！

怖くて、ギュッと目を閉じる。

……………と。

遠くで

という声がした。

え、蹴り返す………………？

そこの女子って、わたしのこと？

恐る恐る目を開ける。

そうしたら……………。

サッカーボールが１つ、ころんと転がっていた。

はー、なあんだ。

ただのボールだったのか……。

ん？

グラウンドへ目を向ける。

こっちに手を振る男子が2人。

まさか、私が蹴るの？

体育、大の苦手なんだよっ。

と、言い訳してもダメなんだよね？

もういーや、どうにでもなっちゃえ！

足を大きく後ろは振ってから。

力いっぱい前へ蹴り上げた。

思いがけず、ボールはポーンと高く飛んで。

前方の男子の頭のはるか上空を山なりに越えた。

片方の赤いスニーカーと一緒に。

グラウンド手前の、みんなのバッグが置いてある横に、ボテッと着地したスニーカー。

一方サッカーボールは、無事に持ち主のもとへ。

後方の男子が軽くジャンプ。胸でボールを、受けとめた。

そのまま地面に落とし、片足でうえか押さえつける。

信じらんない！

私の蹴ったボールが届いちゃった。

靴のことがなければ、拍手したい気分だよ。

なのに。

あんなところへ、靴を拾いに行かないといけないなんて……。

ううん。

それよりも！

誰かの頭の上に落ちなくてよかった。

怪我なんかしたら、それこそ一大事だもん。

ボールを受けた彼が、白いはをニッと見せた。

                                             やばい。

ほっぺに火がつきそう。

靴のことを知られるのは困る。

うまく、やり過ごさなくっちゃ。

とりあえず。

今できるかぎりの、精一杯のスマイルを送っといた。

顔がひきつりそうだったけどね。

でもね。

彼は一瞬、ぼうっとして。

ボールを足で押さえつけたまま、動かなくなっちゃったんだ。

ううっ！

き、気づかないわけないか。

靴、飛ばしちゃったんだよ。

まるでコントだよ。

お笑いのコント！

ひえーん。

どうしようもなくて、私も動かずにいると。

もう1人の男子が駆けより、彼の顔の前で手をヒラヒラさせた。

じんと呼ばれた男子は、ハッとして。

ふり返らずに走ってコートの外へ出た。

ガーン。

な、なんだったんだろ？

今の。

つま先を見下ろすと、右足の靴下が土で汚れていた。

あーあ。

お母さんにおこられるよー！

大きなため息。

そこへ。

ひょい、と私の目の前に靴が現れた。

さっきのボールを追ってきた、もう1人の男子が靴を運んで来てくれたんだ。

そのはつらつとした笑顔が、とっても眩しくて。

とくん。

心臓が波打ったような気がした。

はっ。

どっ、どうしちゃったんだろう。

顔が熱い。

ぼんやりしてるように見られたらしく。

彼は不思議そうに首をかしげた。

ぺこり、と頭を下げてから、靴のかかとに指をかけて受け取った。

靴を受け取る間も。

ドキドキ。

ドキドキ。

鼓動は加速する一方で。

あー、パニクっちゃうっ。

こういうとき、どんな顔で応えればいいの？

靴下の汚れを払い落とし、靴を履いて。

片膝をつき、靴ひもを結び直そうとしたのだけど。

き、緊張する！

紐が絡まり、余計におかしくなって。

やだ、わたし。

なんで不器用なんだろ。

こんな自分、恥ずかしすぎ！

頭の上で小さく笑う声がした。

いつのまにか、彼もしゃがんでいた。

ひょいひょいと慣れた手つきで、靴ひもを結びだす。

その指先を追いかけて。

胸がキュン、となった。

男子なのに、指が長くて綺麗だな。

私より器用だな。

ドキドキ。

ドキドキ。

鼓動はまだ治（おさま）らない。

夢の中にいるみたいだった。

まるで王子様に靴をはかせてもらうシンデレラになったみたい。

あっという間に、蝶々結びが出来上がって。

下を向いていた彼が、急に私を見上げてきたので。

ひええっ！

至近距離で、目があった。

視線を絡め取られたように動けない。

川の方から渡ってきた風が、彼の前髪をパラパラの揺らし。

彼の唇が開きかけて……

ちっ、近い……！

接近しすぎ！

ガバッと頭を下げる。

ごっちーん！

目の前に、火花が散った。

うえーん。

涙が出そう。

ヒリヒリするおでこを手で抑える。

彼もまた痛そうに顔をゆがめ、額に手をあてていた。

やだっ。

やっちゃった！

見ず知らずの人に。

しかも親切にしてくれた人に。

ずっ、頭突きをしてしまうとはっ。

もう、サイテー！

彼は手を振った

コクコク頷いて答える。

彼はビシッと親指を立てた。

絶対、痛かったはずなのに。

明るい笑顔の彼。

とくん。

痛みで忘れていたドキドキが蘇（よみがえ）る。

けど……。

このとき感じた思いがなんなのか。

確かめる手段を、持っていなくて……。

彼の名前も学校も訊くことができないくらい、いっぱいいっぱいだったの。