玲於side
無造作にポケットに手を入れ歩く夜道。
あなたを送っていくはずだったのに
ユキからの電話で送れなくなった。
ユキというのは
俺の元カノ。
とっくの昔に別れたはずのユキ。
付き合っている時は楽しかったし
何不自由ないただの恋人だった。
けど、別れた途端。
ユキが俺に言ったんだ。
" 親が死んだ "
" だから、寂しい "
本気の顔のユキを放っておけなかった自分。
会いたくなったらいつでも言って。
そんな、その場での考えを約束してしまった。
数年もの間、ユキには呼び出され…
俺よりも遥か大人のユキはキスで
俺を簡単に飲み込んでいく。
抵抗出来ない、俺も俺だ。
何やってるんだ、とふと思うことはあるが
あの時の俺に出来る精一杯の事だった。
そう言い聞かせて否定してこなかった。
女はユキだけで十分だ。
そう思ってきた。
けど、今は、あなたがいて
ユキよりもあなたを優先してやりたい。
そんな気持ちが俺の中で大きくなっていくのを実感する。
怖い。
俺はユキを捨てるのか。
怖いんだ。
助けたい、そう思ったから
約束したのに、俺だけの一方的な思いで
ユキを傷つけるのは違うと思う。
けど、あなたにも笑ってて欲しいし泣いて欲しくない。
気持ちがぐちゃぐちゃで変な境目に立っている。
メンバーには伝えてあるが
誰一人、反対はしてこなかった。
俺の好きなようにやればいいよ。
そういうだけで俺の意見に文句一つ言わなかった。
…少しだけ期待していた。
そんな変なことやめろって。
その判断でいいの?って聞いて欲しかった。
まだまだ子供だった俺の心での判断で
正しいのかも間違っているのかも分からないまま
過ごしてきてしまったから。
あの時、メンバー誰かひとりが反対していたら
今頃、こんなことはしていなかっただろう。
ユキとはもう何の関係もないただの元カノだった。
ユキの住むマンション。
貰っている合鍵でドアを開けた。
ソファで苦しそうに横に倒れるユキを見つけて
心臓に大量の血が送り込まれる感じがした。
持っていたカバンも投げ捨てすぐさま、ユキの元に走る。
机の上に置かれてたのは大量の薬。
瓶に入った薬が机の上で散乱している。
まさか…
むせたユキ。
ユキの背中を大きくさすって呼吸を安定させる。
…ほんと、自分が何をしたいのか明確じゃない。
仕舞いには、自分が怖くなる。
好きなことを職業に絶好の人生なのに。
人の助け…か。
時計は既に日付を跨いでいた。
何故か、今、俺の頭にあなたの泣いている顔が
じわりと浮かんできて
早く帰んないと、って焦る。
ユキの大きな目で
訴えられるユキの気持ちが伝わってくる。
行かせない。
離さない。
って。
投げ捨てたカバンを拾ってはみ出ているものをしまった。
携帯の表示には何も無い。
…大丈夫か、あいつ。
心配で心配でたまらなくなった。
後ろからぎゅっと抱き締めてきたユキ。
俺といるといない時より幸せそうな顔をする。
だから、余計に否定ができない。
偽りだらけのこの関係。
ゴールの見えない迷路から俺はいつ抜け出せれる
…?
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!