第11話

自分の気持ち
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2021/03/22 09:00
正門から連絡しろと言われてずっとスマホと睨めっこしていたら夜が明けていた。
なんて送ったらいいのか全然まとまらんし、だいたい俺がどうしたいのかが俺自身さっぱりわからんかった。

……いや、本音を言うと、なんとなくわかっているけど認めたくないってところやな。
あなたと付き合いたいのか?いや、別にそこまでは思ってへん…と自問自答を繰り返し、いつの間にか寝落ちして気付いたら昼になっていた。

さすがに半日過ぎたと思うと焦ってくる。
あの後正門が言うようにはっすんとずっと一緒におったら…と想像するだけで気持ちが焦る。

とりあえず今このまま連絡せんのはあかん気がする。好きとか嫌いとかの前にとりあえず謝らないといけないこともあるんやし、一回会おう。
会ったら…なにか自分の気持ちに気付けるかもしれへんし。


そう思い勇気を出してLINEした。

返事はすぐに返ってきてホッとしたけど、バイトの面接があると言い出すあなたに驚いた。

店を辞めた…?てことはもうはっすんとは会わないんか…?
少しホッとしている自分がいる。正門に言われたことは現実には起きていないようだ。

20:30頃に駅で待ち合わせになった。
具体的な時間と場所が決まると途端にソワソワしてくる。
今までこんな気持ちになったことなかった。デートに行く時も多少の遅刻もしたりしたし、なんならめんどくさいな…とドタキャンしたこともあった。
今思うと最低やな、俺。

夕方頃になってシャワーを浴びる。
いつもは付けないワックスを少し付け、全身黒でまとめたファッションに身を包む。
少し早いけど出るか。
家を出て待ち合わせの駅へ向かう。長引くかもしれんし、どこか時間を潰せるところ…と思い、駅近くのカフェに入った。
コーヒーを頼み、読みかけだった本を読む。
しばらく本に没頭し、時間を確認すると20時半少し前だった。

LINEはまだ何も来ていない。
ソワソワしながらまた本に目を落とす。ページをめくるたびスマホの画面も視界に入れる。


「あ…」

LINEの通知がきた。あなたからだった。
(なまえ)
あなた
今終わりました!どこにいますか?
西畑大吾
西畑大吾
近くのカフェにいる。駅行くわ
本をしまい店を出る。
駅に向かいながら連絡が来てないかチェックする。

「……あ、大吾さん!」
「おう、お疲れ」

駅に近付くとすぐに見つけたようでむこうから声をかけられた。
今までにない緊張感…別に何も変わってないんやから普通に、普通に…

「面接無事終わったん?」
「いやぁ…緊張でボロボロでした…」
「そうなんや笑 飯まだやんな?なんか食べる?」
「あ、はい…お腹ぺこぺこです」
「なんか食べたいもんある?」
「胃に入ればなんでも…」
「色気ない返事やなぁ笑 焼き鳥屋でも行く?」
「焼き鳥!食べたいです!!」
「ほな、行こか〜」

うん、普通に出来てるよな…?
てか、何食べたい?なんて女の子に初めて聞いたかも。めんどくさいもん言われるの嫌やったからいつも俺が勝手に決めてたもんな…

近くの焼き鳥屋に着き、カウンターに座った。
そういえばこうして一緒に食事をするのは初めてなことに気付いた。隣に座るとあなたの小ささがよりリアルに感じた。

「何好きなん?」
「砂肝と皮とナンコツ」
「おっさんか笑」
「よく言われます…」

お互いに好きなもんを適当に注文し終えると手持ち無沙汰でおしぼりを無駄に触る。

「今日は飲まないんですね」

ビールではなく烏龍茶を頼んだのが気になったようだった。

「今日はシラフでいたいねん」
「…そうなんですね」

2人の間に妙な緊張感が漂う。
ほとんど会話がないまま、注文した焼き鳥が出来上がった。

「ん〜〜〜美味し〜〜」
「美味いなぁ」

なんてことない会話をして料理を食べる。
謝らなければ。まずはそれから。

「…あのさ、この前はごめんな」
「え?」
「その…はっすんの家で…また俺言い過ぎたなと思って」
「あぁ…でも事実ですし」
「いや、ホンマにごめん…無神経やった」
「別にいいですよ、ちょっと凹んだけど」
「凹んでんなら全然良くないやん」
「もういいんです、こうやって謝ってもらえたし…それに…ちゃんと会って言ってくれたの嬉しかったです」

俺を見ずに焼き鳥を頬張りながら言うあなた。
良かった…許してくれたんやな。ちゃんと言えて良かった。

なんか嬉しくて、あなたの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「っ…!?びっくりした」
「ありがとうな」
「何がですか?」
「いや…色々」

あなたに会えば自分の気持ちも多少わかるかなと思ったけど、まだいまいちわからへん。
何がありがとうなのかと言われるとそれもまたわからへんけど、なんとなく言いたくなったから言った。

「バイト…なんで辞めたか聞いてもええ?」
「あー…」
「言いたくないなら無理に言わんでもええけど」
「うーん…ざっくり言うと、大橋さんにもう会いたくなくなって、って感じですかね…」

え?どゆこと?
まさかはっすんから告白されたんか?それで気まずくなって辞めた…?

「そ、か……なんか、どこまで踏み込んでええのかわからんから聞くのも難しいねんけど…」
「これだけじゃわかんないですよね。その…この前大橋さんちに大吾さんが来た時、なんか色々勘違いさせるようなこと勝手に言ってたじゃないですか、大橋さん」

それって、昨日はかわいかったとかなんとかってやつ?

「ありもしないことをまるであったかのように言ったのが私の中で許せなくて…あ、ごめんなさい、大吾さんのお友達の悪口言うような感じになってしまって…」
「いや…」

あの時俺はあの言葉を聞いて、てっきりはっすんとあなたは体の関係があったんかと思ってしまったけど…それはなかったってことか。
なんだ…良かった。

「それで辞めたんや」
「はい…」

はっすんには悪いけど心底ホッとしている自分がいる。取られてなかったんやなって思ってる。
……やっぱり俺はあなたを取られたくないんやな。

「…俺てっきりはっすんとなんかあるんかなと思ってたから…なんもなくて良かったわ」
「えっ!?」
「?」

え?俺なんか変なこと言った??
驚いた顔で俺を見て、すぐに目をそらし残っていたジュースを飲み干すあなた。

料理をある程度食べ終え、ドリンクのおかわりを注文した。
2杯目の烏龍茶が届いた時、あなたのスマホが鳴った。

「あ…」
「ん?」
「噂をすれば大橋さんからです」
「…出ないん?」
「いいです、もう関係ないし」

“関係ない”…か。
しばらくすると着信音は鳴り止み、すぐにまた別の音が鳴った。
はっすんからLINEが入ったっぽい。

「…私が辞めたこと、店長から聞いたみたいですね、LINEも来ました」
「はっすんに言わずに辞めたんや」
「そりゃ…言えませんよ、あなたのせいで辞めますなんて…」
「まぁ、そうやな」

少なくともはっすんよりは俺の方が可能性高いってことやんな。
……可能性って?なんの可能性??
自問自答が続く。

「新しいバイトはどんなとこ受けてきたん?」
「居酒屋とかカフェとか…」
「そうなんや、3件とも全然ダメやったん?」
「全然ダメでした…なるべく前の店と同じか上くらいのお給料のところ受けてるんですけど、なんかバイトでもかなり厳しそうな印象を受けました…」
「そっかぁ…まぁ、そのうちいい所見つかるやろ。焦らず頑張れよ」
「ありがとうございます…焦ってますけど」
「焦るなって言うてんのに笑」

女の子と食事して普通に笑ってるのいつぶりだろう。
いつも、店の雰囲気が良いとか、夜景が綺麗な店とか、俺に抱いているイメージを崩さないようにそういうところばかり気にして振る舞っていたから、会話を楽しむことなんてしてこなかった気がする。
俺、普通に笑えるんやな。

「…あの、大吾さん」
「ん?」
「なんで、私のことかまってくれるんですか?私ナンパもかわせないしゲロ吐くし警戒心薄いし…迷惑しかかけてない気がするんですけど…」

たしかに。笑

「なんでやろなぁ、俺もよーわからんねん」
「え?」
「…1回電話したやんか?あれも起きたらなんでお前に電話したのか覚えてへんくて…」
「え…ショック」
「ごめん笑 けど、その前のLINEのやり取り見直してたら、たぶん声聞きたくなったんやろな〜」

俺もビックリしたもんな、電話かけてる!?俺!?と思って。LINEもほぼ覚えてへんかったし。

「…電話で思い出しましたけど、あの時『今夜は寝かせへん』って言われて本当に眠れなくなって、翌日一睡も出来ないまま学校とバイトをこなして、それで大橋さんとの居酒屋で寝ちゃったんですよ!考えてみたら元はと言えば大吾さんのせいじゃないですか!」
「はぁ?寝付けんかったのは自己責任やろ!?」
「いやいや、好きな人の寝息聞かされて普通に寝れるわけ…!!」

…えっ。

「あっ、いやその…」
「俺のこと好きなん?」
「……」

好きな人…寝息…ふーん。

「俺の寝息聞いて興奮して寝れなかったんや?」
「…その言い方やめてください…」
「なんで?事実やろ?」

顔を真っ赤にして俯くあなた。
ヤバイ、ニヤニヤが止まらへん。

「ふぅ〜ん、そっかぁ、ごめんな?俺のせいであんななってもーて」
「…思ってもないこと言わないでください」
「なんや?拗ねてるん?」
「違いますっ…!!」

真っ赤な顔してツンとした態度のあなたがかわいくて思わずイジワルしてしまう。

「俺のどこが好きなん?」
「…からかってますよね?」
「え?」
「どーせ女なんかみんな自分に惚れると思ってるんですよね!?大吾さんモテるから!!」
「ちょ…」

周りの客も店員からも視線を集めるほど大きな声で俺に叫ぶ。

「…場所、変えよか」

また…またやってしまった。もう何度目や?
いつの間にか目を真っ赤にして涙を堪えてるあなた。
俺はすぐにあなたを傷付ける。

会計を済ませて店を出る。
大通から一本細い裏道に入り、人通りの少ない場所へ移動した。

「あなた、ごめんな」
「……」

「……あなたの気持ち、嬉しかったよ」
「え……?」

あなたを泣かせたくない、笑っていてほしい。そして俺も一緒に笑っていたい。
この今の素直な俺の気持ちを、あなたに伝えなきゃいけないと思った。
たとえ事故でもあなたの気持ちを聞いてしまったからには、誠心誠意応えなければいけない。

「……情けなくてカッコ悪いけど、俺あんまり人を好きになったことがなくて…今でもあんまりわからへん」
「……」
「さっき好きって言われて、嬉しいって思ったのは事実。けど付き合いたいんか?って思ったらそこまではまだ…よくわからへん。そもそも付き合うって事自体にあんまり良い思い出がないからかもしれんけど」
「…流星から少し聞きました、過去のこと」
「へ?流星?」
「色々酷い目にあったんですよね?」
「え!?待って、流星と友達なん!?」
「え?知らなかったんですか?」

え、待って?全然知らんかった。
あれ?そういえば流星の友達に俺に一目惚れした子がいるって言ってたけど…あれがあなた!?
友達が学校休んだから必死に講義聞いてるって言ってた日…あれもはっすんの家にいた日やん…まさかあれも…?

「…色々繋がったわ」
「知らなかったんですね…」
「そっか…流星から聞いたんやね」
「はい」
「まぁ…うん、色々あって女の子と関わらんようにしとったんよ」
「はい」
「でもなんか……はっすんのとこにいたあなたを見て、イラッとしたしちょっとショックやった」
「え…」
「これが好きってことなんか俺にはまだわからん…けど、きっと興味はあんねんあなたに」

やばい、めっちゃ恥ずかしい…
『好き』とは言ってないのにこんだけ恥ずかしいって、世の中の告白してる人達みんなめっちゃすごない?

街灯があんまりない路地で良かったと心底思った。

「これからも意地悪なこと言ってあなたを傷付けるかもしれん…と思ったらちょっと怖いねんけど…」

なんでこんな緊張しとるん?俺…
心臓がバクバクいってる。

「あなたのこと、もう少し色々教えてや?今はまだはっきりとした言葉にできないけど…もう少し自分の気持ちがわかるまで時間が必要そうやねん…」

こんな緊張してる割にたいしたこと言えてないのは自分でもわかってる。こんな都合のいいような発言、受け入れてもらえるんかわからんけど、でもこれが今の俺の精一杯の応え。

「……大吾さんの気持ちはわかりました」

ずっと俯いていた顔をあげ、目を合わせてくれる。

「これからも、よろしくお願いします」
「あなた…」

少し笑顔で恥ずかしそうに答えるあなたの顔が、今まで見てきた中で一番愛おしく感じた。

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