第2話

偶然の再会
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2021/03/04 09:00
バイト先に着き、エプロンを付ける。
気分は最悪。女のプライドは傷付き、恋心も宙ぶらりん。なんにもいい事ない。

「はぁ…」
「なんやなんや、ため息なんかついて!幸せが逃げるで!」
「あ、大橋さん…」

バイトの先輩の大橋さん。
いい人なんだけど少ししつこいところがあってハイテンションでたまにウザい。
でも仕事は出来るし愛嬌もあるから常連さんや社員からはとても慕われていている。

「学校でなんかあったん?俺で良かったら話聞くで?」
「いや、話したら余計に傷付きそうなのでいいです…」
「え〜〜?気になる〜〜!!」
「あ、もうこんな時間!ホール出まーす」
「あ〜ちょっとぉ!」

逃げるようにホールに出て、空いた席の片付けを率先してやった。
バイトに集中しよ。この気分は仕事でかき消そう。

ガラガラと引き戸が開き、お客さんが入ってきた。

「いらっしゃいま…」

え………

むこうも私の顔を見て気付いた様子だった。
私はもうそれだけで嬉しかった。

「お前、さっきの…」
「…また、会えましたね…!!さ、こちらへどーぞ!!」
「……」

先輩だ…!!先輩に会えた!!!
嫌そうな顔をされたけど、それよりもまた先輩に会えたことの方が嬉しくて、落ち込んでいた気持ちはうなぎ登りだった。

「何にします?ビールですか?」
「とりあえず生…」
「はーーい!!」

ルンルン気分でビールを注ぎに行く。
溢れるギリギリまで注ぎ、先輩の所へ持っていった。

「お待たせしました、生でーす♪」
「…お前ずいぶん機嫌良いな」
「そりゃ助けていただいた先輩にまた会えたので…もう会えないかと思ったから」
「へぇ」

「あれ?だいちゃん来たん〜?」
「おー、はっすん!来たでー」

え?

「お、お知り合いなんですか…?」
「え?あなたちゃんもだいちゃん知ってるん?俺の友達やで」
「えっ!!」

まさか、こんな近くに共通の知り合いがいたなんて!!は〜〜〜意外。意外すぎる。

「今日初めて会ったし別に知り合いではないよ」
「そうなん?」
「初めてじゃないです!!」
「え?」
「前に…大学の図書館で会いました、手も触れたし話しかけられました」
「全く記憶にないねんけど…」
「だいちゃんさんが覚えてなくても私は覚えてるんです…!」
「だいちゃんさんて笑 だいちゃんでええよ〜」
「ちょ、はっすん勝手にそんなん言わんでよ!」
「じゃあだいちゃん…さん」
「あはは笑 変わってへん!この人、西畑大吾って言うねん、呼びやすい呼び方でええよ〜」
「だーかーら、はっすん!!」

西畑大吾…やっと名前を知ることが出来た。

「なら…大吾さん」
「なんで下の名前…苗字でええやろ」
「え〜〜〜やだ!大吾さんって呼びます!」
「ハァ…助けんかったら良かったわ…」
「ひどっ!!」
「ん?助けるって?」

不思議そうな顔で大橋さんが尋ねる。

「今日しつこいナンパ男から私を助けてくれたんですよ、大吾さん!それはもうスマートにヒーローのように…」
「え!!あなたちゃんナンパされたん!?」
「…なんですか、その意外みたいな言い方は」
「あ、そうやなくて笑 だいちゃんがおって良かったわぁ」
「ちゃうねん、コイツも悪いねんで?こーんな胸元開けて脚も太ももまで見せて座ってんねんから」
「えっ!?」
「いや、それには色々事情がありまして…」
「どんな事情やねん」

ゔ…
バカにされそうな予感を感じつつ、今日の企画の内容を話した。

「ハァ?アホか」
「まてまてまて、あなたちゃん、男に負けたんか!?まじで!?」
「…そんなに驚かれるとまた傷が痛む…」
「いや、だって!あなたちゃんかわいいのに女装した男に負けるなんて…なぁ?だいちゃんもそう思わん!?」
「いや、俺もコイツになら勝てる自信あるからその結果はあり得なくもないやろ」
「くっ…」

あなたの影響でこんなことが始まったんですよ、とは言えなかった…
けど流石に本人からも私には勝てると言われるとなかなか凹むな…

「みんな酷いわぁ…あなたちゃんはかわいいからな?大丈夫やで」
「ありがとうございます…」

せっかく先輩に会えて上がった気分はだいぶ下がってしまった。
その後、他のお客さんも何組か来店し、店内はだいぶ賑やかになってきた。大吾さんともっと話したかったけど仕事が忙しくなり他の席を行ったり来たりして、なかなか大吾さんと話す機会がなくなってしまった。

そのまま数時間過ぎ、気付いた頃には大吾さんは帰ってしまっていた。

「ショック…連絡先くらい聞いとけばよかった…」
「え?だいちゃんの?またちょこちょこ来ると思うからその時聞いたらええやん」
「あ、なんなら大橋さんから聞けばいいのか!教えてください、大吾さんの連絡先」
「いや、それはあかんやろ笑 個人情報や!そこは自分で聞かないと」

ですよねー…そもそも大橋さん経由で聞いて教えてくれる気がしない。

「…あ、でも帰りにだいちゃん言ってたで?あなたちゃんに『言い過ぎた、ごめん』って言っといてーって」
「え………好き」
「え?俺?♡」
「違います、大吾さんに決まってるでしょ」
「なーーんや笑」

言い過ぎた…?ごめん…?え〜〜そんなこと思ってくれてたんだ…嬉し。
直接言ってくれたらいいのに。まぁ私も忙しなくしてたけど。

次店に来たら連絡先聞いてみよ!

「あ〜〜〜なんか機嫌良くなってきた!」
「…笑 あなたちゃん、だいちゃんのこと好きなんやなぁ」
「ナイショですよ?」
「はいはい笑」

いつもは茶化して『どこが好きなん〜!?』とか聞いてきそうな大橋さんがこれ以上突っ込んで来なかったのが少し気になったけど、気分が舞い上がっていた私はそんなことはすぐに忘れてしまった。
閉店時間になり、後始末をして店を出る。

「気を付けて帰りや〜変な人に着いてったらあかんで〜」
「ナンパされないんで大丈夫ですー」
「あかんよ、酔っ払いとかに絡まれへんように気を付けんと」
「まぁ酔ってたら私の顔なんかちゃんと見てなさそうですしね」
「もー!そうやなくて!!」

大橋さんが両手で私の顔をパチンと挟む。

「あなたちゃんはかわいいんやから、普通に心配!」

……な…そんなこと今まで言われたことなかったから、なんて言い返したらいいのかわからなくなる。

「ありがとうございます、大橋さんだけですよ、そんなこと言ってくれるの笑」
「ホンマに?見る目ないなぁ周りの奴らは!」

冗談か本気かわからない。

「バイトし始めてもうしばらく経つし今更心配されても笑 今まで一度も危ない目には遭ってないので、心配無用です!」
「そぉ?ほな、ホンマに気をつけてな?」
「はい、ありがとうございます」

反対方向の大橋さんと別れ、私は一人暮らしのアパートへ向かった。


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