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第1話

憧れの人
6,149
2021/03/04 09:00
「ハァ…」
「どしたん、ため息なんかついて」
「聞いてくれる?私の恋バナ」
「え!?何!?聞く聞く!!」

恋をしてしまった。
同じ大学の先輩に。

数日前、大学内の図書館で本を探していた時、偶然同じ本を手に取ろうとして手が触れた。
彼はにこりと微笑み『どうぞ』と私に本を譲ってくれて、そのままどこかへ行ってしまった。
私はその時のシチュエーションもあり彼に一目惚れしてしまった。
その日から彼のことが頭から離れない。またどうにかして会えないかと何度も図書館へ通ったが、あれから一度も会えていない。

「名前も知らない、私の王子様…」
「……ベタすぎん?なにその話…」

流星が冷たい。

「ベタでもいいでしょ、ていうかこんなベタな体験したことある!?ないでしょ?」
「まぁ、ないけど…」
「こんなの好きになっちゃうって!しかも、あの顔!!」
「顔?結局顔やん、惚れたの」
「ベタなシチュエーションであの顔のコンボだから惚れたの!」
「へぇー」
「もっと興味持ってよ!」

その図書館で会った時に他の女子が話してるのが聞こえた。

『あの人って確か3年の…女装もしてないのに女の子と間違えられてナンパされた人だよね!?』
『そうそう!男の子にしとくのもったいないくらいに綺麗だねぇ…』
『生で初めて見たー…本当に綺麗な顔してたね』

…と。
それを聞いて私は衝撃を受けた。
女装してないのにナンパされるって何?
女の私が普段生きててナンパされることなんか年2回あるかないかですけど?

「それを聞いて私は女としてのプライドをズタズタにされた気分だった」
「…本当に好きなん?それ」
「好きだよ!」
「あんま信じられへんわ…ただの対抗意識ちゃうん?」

…それもある!正直、美人さで言ったら敵わない。
でも私は女!華の女子大生!
高校の頃はわりとモテた。告白されて付き合ったりもした。まぁ、めちゃめちゃ田舎の学校だから女子が少なかったってのも多少…ありますけど。

「でも男でナンパされるって相当やんな」
「もしかしたら流星もイケるんじゃない?女装似合いそうだし」
「ホンマに?ありがとう♡確かにあなたよりはかわいいと思うわ」
「喧嘩売ってる?」
「冗談やん♡」
「……」

あんまり否定出来ない自分も悔しい。

「なんの話〜??」
「あ、けんちゃんみっちー、おつー」
「今な、僕の女装の方があなたよりかわいいって話しとったんよ」
「酷くない?かわいいとは思うけど流石に私女だしさぁ」
「え!!なにそれめっちゃ面白そうやん!!流星くんとみっちー女装させて、何人にナンパされるかあなたちゃんと対決しようや!!」
「え?俺も?」
「え"っ!?」

け、けんちゃん、なんてことを…

「あぁ、ええやん!やってみようや!」
「ちょ、ちょっと…」

3人はキャピキャピと楽しそうに計画を練り出した。
嘘でしょ…?これでコイツらにも負けたら私本気で女として生きていける自信がないよ…?

私が愕然としている間に、学祭で使った女装用のウィッグや衣装がある物品庫に3人は消えて行った。
しばらくして戻ってきた3人を見て、私は更に愕然とした。

「…………嘘でしょ?」

そこには流星とけんちゃんとみっちー…いや、流子ちゃんと謙子ちゃんと道子ちゃんがいた。

「流子です☆どぉ?」
「………うっ………かわいい……」
「謙子です♡」
「………こっちもかわいい………」
「道子でぇす♪」
「………いや、反則では………?」

学祭で使った衣装はコスプレ用の制服っぽい服装で、髪型は流子が黒髪のセミロング、謙子は黒髪のショートボブ、道子は茶髪のロングヘアのウィッグを付けていた。
よく見るとみんなファンデもマスカラも付けている…化粧品も残っていたらしい。

「てかなんでけんちゃんまで女装してるの?流星とみっちーだけじゃないの?」
「え〜だってウィッグも制服もいっぱいあったしぃ〜僕もやってみたくなってん!」

まじかよ…

「じゃ、早速行こっか、謙子ちゃん♡道子ちゃん♡」
「そうだね流子ちゃん♡ほら、あなたちゃんも行くよ〜」
「うわ、ちょっ」

謙子に腕を引かれ校外へ出る。
最寄りの地下鉄の駅あたりまで連れていかれ今回のゲームのルール説明を受けた。

「じゃあまずは、流子ちゃんとあなたちゃんの対決ね!1時間で何人からナンパされるかを競ってもらいます!学校の近くだから知り合いからの声掛けはカウント不可!知らない人に声をかけられた人数を数えます。遠くから僕もカウントしとくから、終わったら人数に相違がないかを確認して、結果発表ね!」

急に決まった企画なのになんかめっちゃしっかりしたルール設けられてる…

「てか、みんなは高校生っぽい雰囲気なのちょっとずるくない!?私私服なのに!」
「でも俺ら男やで?」
「ゔっ…」

それ言われたら何にも言えない…

「じゃ、今から1時間ね!あんまり近いと声かけられにくいだろうから、あっちとそっちで!はい、スタート!!」

謙子が、パン!と両手を鳴らすと、流子はそそくさと私から離れたところで壁に寄りかかり、ウィッグの毛をいじいじし始めた。
やる気満々じゃん…もうこうなったら私もやるしかない…
流子とは反対側の壁に私も寄りかかり、誰か声をかけてくれないかと辺りを見回していた。


ーーー1時間後。


「さて!1時間経過しましたが!流子ちゃん、何人でしたか?」
「5人です☆」
「ご…5人!?」

嘘でしょ…!?私なんて…

「うん、僕も見てたけど5人と思った!じゃ、あなたちゃんは?」
「ゔっ………ゼロです………」
「え!?マジ!?」
「…うん、ホンマにゼロやった笑 よって、今回の勝負は流子ちゃんの勝利〜〜!!」
「いぇーい☆」

そんな…
いや、でも流子かわいいしな…体も小さいし女の子に見えるもんなぁ……


その後、謙子ちゃんとの対決も、4対1で負けてしまった。
…もう私にあとは無い。残る対戦相手は道子のみ。

「ほな、次は俺と対決やな」
「…ちょっと化粧直してくる!!」

次は、次こそは負けられない。
そっちがその気なら私も本気を出してやる。
木陰に隠れてマスカラを濃いめに塗りたくる。
ファンデーションも塗り直して普段あんまり付けないリップもぷるっぷるに塗ったくった。

「お待たせ」
「おお…気合い入ったなぁ笑」
「まぁね、今度は本気で挑むから」
「はい、じゃあいきますよ!スタート!!」

道子と反対側に行き、視界から道子がいなくなった所でシャツのボタンを一つ開ける。
わざと谷間が見えるように襟を横に引っ張り、少し前屈みで花壇の縁に座る。
女装してても所詮むこうは男。こっちは女なんだから女の武器を使ってやる!
ロングスカートだけど膝が見えるくらいに捲り上げ、足を組んで太もももチラつかせておこう。
これだけやればさすがに勝てる!…気がする。

さっきまでとは裏腹に、チラチラとこちらを見てくる男が増えてきた。
開始から30分。既に2人に声をかけられた。やれば出来るじゃん私!
その後、また別の男がチラチラと私を見ていた。その視線には気付かないフリをしながら、わざとポーチを落とし、グッと前屈みになり拾うフリをして胸を強調した。
するとこちらに向かって歩いてくる男。引っかかった。楽勝じゃん。

「お姉さん、1人?」
「え?」
「なぁ一緒にカラオケ行かへん?俺奢るから!」

男は私の隣に座り、馴れ馴れしく肩を抱いてきた。

「いや…行かないです」
「なんでよー?そんな谷間出して、声かけられるん待ってたんやろ?」
「そんな…」

そうだけど!そうじゃないの!!

「なぁなぁ、行こうやー!あ、それともホテルの方がよかった?」

そう言って私の肩を抱いていた手が腰に降りてくる。
身体がゾクっとする。

「いや…どっちも行かないですから」
「行こうや〜あ、飯にする?俺はどれでもええよ♪」
「行かないってば」
「誘ってるようなカッコしてそれはないやろ〜ちょっとくらい付き合ってや」

そう言うと私の腰を抱いたまま私を立ち上がらせて、無理矢理腕を引っ張った。

「やめてっ…」



「お待たせ」



えっ…?



「行こっか」



颯爽と私の前に現れたのは、あの時の先輩だった。



「チッ…」


ナンパ男と目も合わせず舌打ちに耳を貸すこともなく、ナンパ男から私の手を奪うとそのまま地下鉄へ向かう階段を降りて行く。
男が着いてこないことを確認し、先輩は手を離し私の方を向き直した。


「……じゃ」
「あ、待ってください!」
「何?」

まさかこんな形で再開出来るなんて。
このまま、終わりにしたくない。

「あの…助けてくれてありがとうございました!!」
「あぁ…」

ぶっきらぼうに返事をし、私を見て何か考えてる様子の先輩。

「お前さぁ…そんな格好してたら危ないやろ、胸しまえ、脚も見せるな」
「ごめんなさい…」
「ほな、帰るわ」
「あ、待って…!!」
「今度はなんや」

「あの…お礼をしたいので、お名前と連絡先を…」
「礼はいらん、帰る」


え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!;;


そのまま先輩は地下鉄に乗って本当に帰ってしまった。



とぼとぼと階段を登り、3人の元へ戻った。

「あ!帰ってきた!!」
「ちょっと目を離した隙にあなたちゃん急にいなくなったからびっくりしたわ!」
「え?見てなかったの…?」
「え?なんかあったん?」

はぁ〜〜〜〜!?

「だってみっちーすごかったんよ!!もうあそこに立った途端に男達に囲まれちゃって!!女装やよーってネタバラシしても、それでもええからあそぼー!ってめっちゃ声かけられててん」

なんだと……?

「…それ、ちなみに何人くらい?」
「何人やろ…数えられへんかったけど、ざっと20人はおったよなぁ?」
「せやな」

に、20人………
惨敗だ……いや、逆に道子に勝てる女子の方が少ない気がするわ。うん。だってめっちゃ細いしスタイルいいし…顔かわいいし目がうるうるだし…


「もうダメだ…せっかく先輩と再会出来たのに名前すら聞けなかったし…」
「え!先輩ってさっき言ってた片想いの?」
「うん」
「え!?片想いってなに?なんの話??」

流星がけんちゃんとみっちーに私の一目惚れの話を伝えてくれた。

「へー…せやから女装の話になったんや」
「さっきもしつこいナンパ男をスマートに撃退してくれて、本当かっこよかったの…」
「あなたちゃん、ときめいてんなぁ」
「初めて女子の顔してるの見た気がするわ」
「うるさい」

何よみんなして、ひどい。
1人くらい励ましてくれたっていいじゃん。

「ハァ…もう私行くね、そろそろバイト行かないと」
「じゃ今回の企画はみっちーの優勝やね!楽しかったからまたこういうのやろうな〜!!」
「絶対やらん!!!」

キャピキャピと私を見送る3人。
遠目で見たらただのJKだな…すご…

そのまま地下鉄に乗りバイト先の居酒屋に移動した。


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