ピーンポーン
あれから1ヶ月ほどが経ち、雅功さんとは、オススメの小説を貸しあったりする仲になっていった。
ちょくちょく雅功さんの部屋に遊びに行っては物語の考察を話しあったりもした。
戸惑う雅功さんをよそに、半ば強引に部屋に入る。
雅功さんが住む301号室は私の部屋の間取りと大体一緒だ。
靴を脱ぎ、廊下を抜け扉を開けるとワンルームの部屋がある。
私の部屋にある本棚よりも大きい本棚に、小説がぎっしり詰め込まれている。
私は部屋の座椅子に座り、持ってきた小説を読み始める。
冷蔵庫からお茶を取り出し、コップに入れながら雅功さんはため息をつく。
コップに入ったお茶を一口飲んで雅功さんの顔色を伺う。
雅功さんは、うん。と頷くとパソコンを取り出し、大学のレポートを書き始めた。
しばらくして、部屋に着信音が鳴り響く。
わかっている。
この着信音は私の携帯から鳴っている。
私は拒否と書いてある部分をタップして着信音を消す。
雅功さんが不思議そうにこちらをみる。
大丈夫だよ〜。と返事をして雅功さんはまたパソコンに向き合った。
と、思った矢先。
再び着信音が部屋に鳴り響く。
やばい!と思い拒否をタップするが、私が携帯を持つよりも先に雅功さんが振り返ってしまった。
雅功さんは怪訝な顔をして聞く。
それからしばらく、
301号室に無音の時間がただただ流れる。
そしてまた、お母さんから電話がかかってくる。
私はまた拒否をタップして無言の空間に身を置く。
5分くらいして、雅功さんが口を開く。
雅功さんはお茶を飲み干して私に体ごと向き直る。
このことを話すのには勇気が必要だった。
信頼できる人にしかできないし、今までそんな人は存在しないと思っていた。
だけど、小説を通じて雅功さんと話すうちに、この人の言葉には嘘がないと思えるようになってきて、今では誰よりも信頼したいと思える存在だ。
雅功さんは微笑んで言う。
雅功さんは自分と私のコップにお茶を注ぎながらそう言った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!