第2話

~2話~
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2020/12/30 04:00
その後、学校での時間はいつも通り過ぎた。
6時間目が終わり、生徒たちは思い思いの場所へと行く。
部活がある人は部室やグラウンドへ、
委員会がある人は別の教室へ、
勉強をしたい人は自習室へ、
習い事や塾がある人は学校を出て別の施設へ、
私みたいに帰りたい人は自宅へ。
私はイヤホンをして、早足で学校を後にする。
あなた

さくらしめじ…か…。

学校で小説を読み終えてしまったので、別に気にはなっていなかったのだが暇つぶしに『さくらしめじ 』を聴いてみた。
あなた

へぇ。

こんな歌を歌うんだ。
登校と同様、13分ほど歩いて駅に着く。
電車に乗ったところでどんな顔をしているのか気になり画像検索をしてみる。
ふぅん。
こんな顔なんだ。
することもなかったので、そのまま『さくらしめじ』を聴きながら帰った。
家に帰り、部屋着に着替え、学校の課題に手をつける。
軽く掃除機をかけ、夏目漱石の『三四郎』を読み始める。
先週の日曜日に本屋さんで買い溜めてたうちの1冊だ。
あなた

ふぅ。げっ!もうこんな時間!?

夢中で読んでいるうちに、気づけば時計は19時を指していた。
そろそろ夕飯の支度をしようと冷蔵庫を開けたが、卵が切れている。
あなた

しまったぁ。

今日の帰りに買って帰ろうと思ったの、すっかり忘れてた。
しょうがないのでまた着替える。
鍵を持って扉を開けると同時に、隣の角部屋から男の人が1人、外に出てきた。
私の部屋が302号室なので、301号室の人だ。
エレベーターのボタンを押し扉が開く。
もちろん、301号室の人も一緒にエレベーターに乗る。
301号室の人
301号室の人
こんばんわ。
と、挨拶してきたので、
私は俯きながら軽く会釈をする。
エレベーターの扉が閉まり、無言の時間がスタートする。
この時間ほど気まずいものはない。
エレベーターが下がり始める。
不意に男の人がカバンの中を探り始め、本を取り出した。
何を読んでいるのかチラッと見てみる。
あなた

森鴎外だ。

やってしまった。
つい声に出してしまった。
301号室の人
301号室の人
あ、森鴎外とか読むんですか?
案の定、会話が始まってしまう。
あなた

ま、まぁ。少し。

今日はよく人と話す日だ。
男の人は少し驚いているようだ。
301号室の人
301号室の人
へぇ!すごい!渋いの読んでるんですね!僕、本は読む方なんですけど明治時代の文豪に弱くて。今勉強中なんです!
あなた

は、はぁ。

この人も、初対面でグイグイくる人なんだな。
そういえば、2週間前にここに越してきて、隣の人とはすれ違ったことも無かった。
ふとその人の顔を見てみると、なんだか見覚えのある顔だった。
だが、あったことのある記憶も無ければ、相手もそんな素振りを見せない。
他人の空似か。
と思ったところで1階に到着した。
エレベーターを降り、オートロックを抜け、
その男の人は
301号室の人
301号室の人
じゃあ、また!
と言って右に曲がった。
私はまた、軽く会釈をしてスーパーのある左へと曲がった。
スーパーは歩いて3分くらいのところにある。
スーパーに入って、ものの5分ほどで卵を買い終え帰路につく。
鍵でオートロックを開け、エレベーターに乗る。
ふと、下に何か落ちていることに気がついた。
あなた

しおり…。

それは音符の絵とキノコが描かれた栞だった。
きっとさっきの人が小説を取り出すときに落としてしまったんだろう。
今度すれ違ったときにでも渡してあげよう。
お隣さんなんだし、また顔くらい合わせるだろう。
エレベーターを降り、302号室に戻る。
それにしても、栞の絵柄が何か引っかかる。
あなた

音符とキノコ…音符とキノコ…

卵を取り出し冷蔵庫に入れようとして、
思い出した。
あなた

あ。さくらしめじ だ。

さっきの男の人は、帰り道に画像検索で見た顔と全く同じだった。
なるほど。
だから音符とキノコの栞なのか。

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