たしかに、私の知っている『こころ』より、ページ数も少ない。
疑問に思う私をよそに、早く早くと急かす雅功さん。
『こころ』は、登場人物である『先生』の過去に迫っていくものだ。
先生は若い頃、ある下宿先で女の人とその娘、そして先生の友人と、暮らしていた。
先生は娘に恋をしていたが、
ある日、友人から娘に恋をしていることを告げられる。
しかし先生は自分も恋をしていることは告げずに、友人が知らないところで娘との婚約を成立させてしまう。
それを後から知った友人は自ら命を絶ってしまう。
先生はそのことを背負い、後悔しながら生涯を過ごす。
というのが本来の『こころ』だ。
雅功さんは一体何が言いたくてこの本を渡したのだろうか。
仕方がないので渋々本を開く。
前半は普通の『こころ』と同じようにストーリーが展開されていく。
しかし、後半は、全く違う結末になっていた。
本当なら先生は、友人に娘への恋心を打ち明けられた時、自分のことは言わずに終わる。
しかし、この物語では先生が友人に自分の恋心も伝えていたら……。
という世界観で進んでいった。
結局、娘は先生を選び、友人が傷つく展開にはなっているが、本来の『こころ』のようなバッドエンドでは終わらなかった。
先生も罪悪感や後悔の念に埋もれることもなかった。
30分ほどで読み終え、本を閉じる。
それに気がついた雅功さんが
と聞いてくる。
素直な気持ちだ。
確かに。と納得できるところもあったけど、今まで積み重ねてきた未来や人への不信感を拭えるかと聞かれれば、わからなかった。
一体、なんの時間だったのか。
こんなに、私に心から話してくれる人は初めてだ。
いや、私が聞こうとしなかっただけなのかもしれない。
雅功さんはニコッと笑う。
私はコクリと、頷いた。
雅功さんはまた、ニコッと笑った。
つられて、私も笑った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。