第8話

~8話~
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2021/02/10 04:00
田中雅功
田中雅功
まぁ、二次創作かな。みんながよくやるやつだよ。
たしかに、私の知っている『こころ』より、ページ数も少ない。
あなた

これを雅功さんが作ったんですか?

田中雅功
田中雅功
うん。高校生の時にね。途中からだけど、君なら余裕で理解できると思うから大丈夫。
あなた

でもなんでこのタイミングなんですか?

疑問に思う私をよそに、早く早くと急かす雅功さん。
『こころ』は、登場人物である『先生』の過去に迫っていくものだ。
先生は若い頃、ある下宿先で女の人とその娘、そして先生の友人と、暮らしていた。
先生は娘に恋をしていたが、
ある日、友人から娘に恋をしていることを告げられる。
しかし先生は自分も恋をしていることは告げずに、友人が知らないところで娘との婚約を成立させてしまう。
それを後から知った友人は自ら命を絶ってしまう。
先生はそのことを背負い、後悔しながら生涯を過ごす。
というのが本来の『こころ』だ。
あなた

雅功さん、要点だけ教えてもらうのはダメなんですか?

田中雅功
田中雅功
おや、読書家らしからぬ発言だねぇ。この世には、要点だけじゃ伝えられないことがごまんとある。あなたなら、知ってるでしょ?
雅功さんは一体何が言いたくてこの本を渡したのだろうか。
仕方がないので渋々本を開く。
前半は普通の『こころ』と同じようにストーリーが展開されていく。
しかし、後半は、全く違う結末になっていた。
本当なら先生は、友人に娘への恋心を打ち明けられた時、自分のことは言わずに終わる。
しかし、この物語では先生が友人に自分の恋心も伝えていたら……。
という世界観で進んでいった。
結局、娘は先生を選び、友人が傷つく展開にはなっているが、本来の『こころ』のようなバッドエンドでは終わらなかった。
先生も罪悪感や後悔の念に埋もれることもなかった。
30分ほどで読み終え、本を閉じる。
それに気がついた雅功さんが
田中雅功
田中雅功
どうだった?
と聞いてくる。
あなた

わかりません。

素直な気持ちだ。
確かに。と納得できるところもあったけど、今まで積み重ねてきた未来や人への不信感を拭えるかと聞かれれば、わからなかった。
田中雅功
田中雅功
うん。そうだよね。でも、わかってる人なんて多分いないよ。
あなた

え?

一体、なんの時間だったのか。
田中雅功
田中雅功
みんなわかんないまま時間を過ごして、わかんないまま人と接してるんだよ。『こころ』で二次創作してる人はたくさんいるけど、みんながみんな同じ終わり方かって聞かれればそうじゃない。あなたがもう何も信じない生き方を選択するって言うなら、確かにそれも正解の1つなのかもしれない。でも、夏目漱石が書く『こころ』の結末にはなってほしくないんだ。
こんなに、私に心から話してくれる人は初めてだ。
いや、私が聞こうとしなかっただけなのかもしれない。
あなた

もし、お母さんの話を聞いて後悔したら?

雅功さんはニコッと笑う。
田中雅功
田中雅功
あなたは1人じゃないから。その後悔も何もかも、お兄さんと半分にしよう。
あなた

信じても、良いのかな。

田中雅功
田中雅功
信じたいと思うものは信じても良いんじゃないかな。
私はコクリと、頷いた。
田中雅功
田中雅功
あ、もう14時だ。とりあえず、ご飯食べよっか!
雅功さんはまた、ニコッと笑った。
つられて、私も笑った。

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