第6話

セロ弾きのゴーシュ 6
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2020/05/28 08:54
 次の晩もゴーシュは夜通しセロを弾いて明方近く思わずつかれて楽譜をもったままうとうとしていますとまたたれをこつこつと叩くものがあります。それもまるで聞えるか聞えないかの位でしたが毎晩のことなのでゴーシュはすぐ聞きつけて
ゴーシュ
おはいり。
と云いました。すると戸のすきまからはいって来たのは一ぴきの野ねずみでした。

そして大へんちいさなこどもをつれてちょろちょろとゴーシュの前へ歩いてきました。そのまた野ねずみのこどもときたらまるでけしごむのくらいしかないのでゴーシュはおもわずわらいました。

すると野ねずみは何をわらわれたろうというようにきょろきょろしながらゴーシュの前に来て、青いくりの実を一つぶ前においてちゃんとおじぎをして云いました。
野ねずみ
先生、このがあんばいがわるくて死にそうでございますが先生お慈悲じひになおしてやってくださいまし。
ゴーシュ
おれが医者などやれるもんか。
ゴーシュはすこしむっとして云いました。すると野ねずみのお母さんは下を向いてしばらくだまっていましたがまた思い切ったように云いました。
野ねずみ
先生、それはうそでございます、先生は毎日あんなに上手にみんなの病気をなおしておいでになるではありませんか。
ゴーシュ
何のことだかわからんね。
野ねずみ
だって先生先生のおかげで、うさぎさんのおばあさんもなおりましたし狸さんのお父さんもなおりましたしあんな意地悪のみみずくまでなおしていただいたのにこの子ばかりお助けをいただけないとはあんまり情ないことでございます。
ゴーシュ
おいおい、それは何かの間ちがいだよ。おれはみみずくの病気なんどなおしてやったことはないからな。もっとも狸の子はゆうべ来て楽隊のまねをして行ったがね。ははん。
ゴーシュはあきれてその子ねずみを見おろしてわらいました。
 すると野鼠のねずみのお母さんは泣きだしてしまいました。
野ねずみ
ああこのはどうせ病気になるならもっと早くなればよかった。さっきまであれ位ごうごうと鳴らしておいでになったのに、病気になるといっしょにぴたっと音がとまってもうあとはいくらおねがいしても鳴らしてくださらないなんて。何てふしあわせな子どもだろう。
 ゴーシュはびっくりしてさけびました。
ゴーシュ
何だと、ぼくがセロを弾けばみみずくや兎の病気がなおると。どういうわけだ。それは。
 野ねずみはを片手でこすりこすり云いました。
野ねずみ
はい、ここらのものは病気になるとみんな先生のおうちの床下にはいってなおすのでございます。
ゴーシュ
すると療るのか。
野ねずみ
はい。からだ中とても血のまわりがよくなって大へんいい気持ちですぐ療る方もあればうちへ帰ってから療る方もあります。
ゴーシュ
ああそうか。おれのセロの音がごうごうひびくと、それがあんまの代りになっておまえたちの病気がなおるというのか。よし。わかったよ。やってやろう。
ゴーシュはちょっとギウギウと糸を合せてそれからいきなりのねずみのこどもをつまんでセロのあなから中へ入れてしまいました。
野ねずみ
わたしもいっしょについて行きます。どこの病院でもそうですから。
おっかさんの野ねずみはきちがいのようになってセロに飛びつきました。
ゴーシュ
おまえさんもはいるかね。
セロ弾きはおっかさんの野ねずみをセロの孔からくぐしてやろうとしましたが顔が半分しかはいりませんでした。
 野ねずみはばたばたしながら中のこどもに叫びました。
野ねずみ
おまえそこはいいかい。落ちるときいつも教えるように足をそろえてうまく落ちたかい。
こどものねずみ
いい。うまく落ちた。
こどものねずみはまるでのような小さな声でセロの底で返事しました。
ゴーシュ
大丈夫だいじょうぶさ。だから泣き声出すなというんだ。
ゴーシュはおっかさんのねずみを下におろしてそれから弓をとって何とかラプソディとかいうものをごうごうがあがあ弾きました。するとおっかさんのねずみはいかにも心配そうにその音の工合ぐあいをきいていましたがとうとうこらえ切れなくなったふうで
野ねずみ
もう沢山たくさんです。どうか出してやってください。
と云いました。
ゴーシュ
なあんだ、これでいいのか。
 ゴーシュはセロをまげて孔のところに手をあてて待っていましたら間もなくこどものねずみが出てきました。ゴーシュは、だまってそれをおろしてやりました。見るとすっかり目をつぶってぶるぶるぶるぶるふるえていました。
野ねずみ
どうだったの。いいかい。気分は。
 こどものねずみはすこしもへんじもしないでまだしばらく眼をつぶったままぶるぶるぶるぶるふるえていましたがにわかに起きあがって走りだした。
野ねずみ
ああよくなったんだ。ありがとうございます。ありがとうございます。
おっかさんのねずみもいっしょに走っていましたが、まもなくゴーシュの前に来てしきりにおじぎをしながら
野ねずみ
ありがとうございますありがとうございます
 と十ばかり云いました。
 ゴーシュは何がなかあいそうになって
ゴーシュ
おい、おまえたちはパンはたべるのか。
 とききました。
 すると野鼠はびっくりしたようにきょろきょろあたりを見まわしてから
野ねずみ
いえ、もうおパンというものは小麦の粉をこねたりむしたりしてこしらえたものでふくふくふくらんでいておいしいものなそうでございますが、そうでなくても私どもはおうちの戸棚とだなへなど参ったこともございませんし、ましてこれ位お世話になりながらどうしてそれを運びになんど参れましょう。
と云いました。
ゴーシュ
いや、そのことではないんだ。ただたべるのかときいたんだ。ではたべるんだな。ちょっと待てよ。その腹の悪いこどもへやるからな。
 ゴーシュはセロを床へ置いて戸棚からパンを一つまみむしって野ねずみの前へ置きました。

 野ねずみはもうまるでばかのようになって泣いたり笑ったりおじぎをしたりしてから大じそうにそれをくわえてこどもをさきに立てて外へ出て行きました。
ゴーシュ
あああ。鼠と話するのもなかなかつかれるぞ。
ゴーシュはねどこへどっかりたおれてすぐぐうぐうねむってしまいました。

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