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第7話

セロ弾きのゴーシュ 7
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2020/05/28 08:55
 それから六日目の晩でした。

 金星音楽団の人たちは町の公会堂のホールの裏にある控室ひかえしつへみんなぱっと顔をほてらしてめいめい楽器をもって、ぞろぞろホールの舞台ぶたいから引きあげて来ました。首尾よく第六交響曲を仕上げたのです。ホールでは拍手はくしゅの音がまだあらしのように鳴ってります。楽長はポケットへ手をつっ込んで拍手なんかどうでもいいというようにのそのそみんなの間を歩きまわっていましたが、じつはどうしてうれしさでいっぱいなのでした。みんなはたばこをくわえてマッチをすったり楽器をケースへ入れたりしました。

 ホールはまだぱちぱち手が鳴っています。それどころではなくいよいよそれが高くなって何だかこわいような手がつけられないような音になりました。大きな白いリボンを胸につけた司会者がはいって来ました。
司会者
アンコールをやっていますが、何かみじかいものでもきかせてやってくださいませんか。
 すると楽長がきっとなって答えました。
楽長
いけませんな。こういう大物のあとへ何を出したってこっちの気の済むようには行くもんでないんです。
司会者
では楽長さん出て一寸ちょっと挨拶あいさつしてください。
楽長
だめだ。おい、ゴーシュ君、何か出て弾いてやってくれ。
ゴーシュ
わたしがですか。
ゴーシュは呆気あっけにとられました。
ヴァイオリンの一番の人
君だ、君だ。
ヴァイオリンの一番の人がいきなり顔をあげて云いました。
楽長
さあ出て行きたまえ。
 楽長が云いました。

 みんなもセロをむりにゴーシュに持たせてをあけるといきなり舞台へゴーシュをし出してしまいました。

 ゴーシュがその孔のあいたセロをもってじつに困ってしまって舞台へ出るとみんなはそら見ろというように一そうひどく手をたたきました。わあと叫んだものもあるようでした。
ゴーシュ
どこまでひとをばかにするんだ。よし見ていろ。印度インド虎狩とらがりをひいてやるから。
ゴーシュはすっかり落ちついて舞台のまん中へ出ました。

 それからあのねこの来たときのようにまるでおこった象のようないきおいで虎狩りを弾きました。ところが聴衆ちょうしゅうはしいんとなって一生けん命聞いています。ゴーシュはどんどん弾きました。猫が切ながってぱちぱち火花を出したところも過ぎました。扉へからだを何べんもぶっつけた所も過ぎました。

 曲が終るとゴーシュはもうみんなの方などは見もせずちょうどその猫のようにすばやくセロをもって楽屋へげ込みました。すると楽屋では楽長はじめ仲間がみんな火事にでもあったあとのように眼をじっとしてひっそりとすわり込んでいます。ゴーシュはやぶれかぶれだと思ってみんなの間をさっさとあるいて行って向うの長椅子ながいすへどっかりとからだをおろして足を組んですわりました。

 するとみんなが一ぺんに顔をこっちへ向けてゴーシュを見ましたがやはりまじめでべつにわらっているようでもありませんでした。
ゴーシュ
こんやは変な晩だなあ。
 ゴーシュは思いました。ところが楽長は立って云いました。
楽長
ゴーシュ君、よかったぞお。あんな曲だけれどもここではみんなかなり本気になって聞いてたぞ。一週間か十日の間にずいぶん仕上げたなあ。十日前とくらべたらまるで赤ん坊と兵隊だ。やろうと思えばいつでもやれたんじゃないか、君。
 仲間もみんな立って来て「よかったぜ」とゴーシュに云いました。
楽長
いや、からだが丈夫だからこんなこともできるよ。普通ふつうの人なら死んでしまうからな。
 楽長が向うで云っていました。

 その晩おそくゴーシュは自分のうちへ帰って来ました。

 そしてまた水をがぶがぶみました。それから窓をあけていつかかっこうの飛んで行ったと思った遠くのそらをながめながら
ゴーシュ
ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれは怒ったんじゃなかったんだ。
と云いました。

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