第5話

セロ弾きのゴーシュ 5
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2020/05/28 08:54
 次の晩もゴーシュは夜中すぎまでセロを弾いてつかれて水を一杯いっぱいのんでいますと、またをこつこつたたくものがあります。

 今夜は何が来てもゆうべのかっこうのようにはじめからおどかして追いはらってやろうと思ってコップをもったまま待ち構えてりますと、扉がすこしあいて一疋のたぬきの子がはいってきました。ゴーシュはそこでその扉をもう少し広くひらいて置いてどんと足をふんで、
ゴーシュ
こら、狸、おまえは狸汁たぬきじるということを知っているかっ。
とどなりました。すると狸の子はぼんやりした顔をしてきちんと床へすわったままどうもわからないというように首をまげて考えていましたが、しばらくたって
狸の子
狸汁ってぼく知らない。
ゴーシュ
では教えてやろう。狸汁というのはな。おまえのような狸をな、キャベジや塩とまぜてくたくたとておれさまの食うようにしたものだ。
と云いました。すると狸の子はまたふしぎそうに
狸の子
だってぼくのお父さんがね、ゴーシュさんはとてもいい人でこわくないから行って習えと云ったよ。
と云いました。そこでゴーシュもとうとう笑い出してしまいました。
ゴーシュ
何を習えと云ったんだ。おれはいそがしいんじゃないか。それに睡いんだよ。
 狸の子はにわかいきおいがついたように一足前へ出ました。
狸の子
ぼくは小太鼓こだいこの係りでねえ。セロへ合わせてもらって来いと云われたんだ。
ゴーシュ
どこにも小太鼓がないじゃないか。
狸の子
そら、これ
狸の子はせなかから棒きれを二本出しました。
ゴーシュ
それでどうするんだ。
狸の子
ではね、『愉快ゆかいな馬車屋』を弾いてください。
ゴーシュ
なんだ愉快な馬車屋ってジャズか。
狸の子
ああこのだよ。
狸の子はせなかからまた一枚の譜をとり出しました。ゴーシュは手にとってわらい出しました。
ゴーシュ
ふう、変な曲だなあ。よし、さあ弾くぞ。おまえは小太鼓を叩くのか。
 ゴーシュは狸の子がどうするのかと思ってちらちらそっちを見ながら弾きはじめました。

 すると狸の子は棒をもってセロのこまの下のところを拍子ひょうしをとってぽんぽん叩きはじめました。それがなかなかうまいので弾いているうちにゴーシュはこれは面白おもしろいぞと思いました。

 おしまいまでひいてしまうと狸の子はしばらく首をまげて考えました。

 それからやっと考えついたというように云いました。
狸の子
ゴーシュさんはこの二番目の糸をひくときはきたいにおくれるねえ。なんだかぼくがつまずくようになるよ。
 ゴーシュははっとしました。たしかにその糸はどんなに手早く弾いてもすこしたってからでないと音が出ないような気がゆうべからしていたのでした。
ゴーシュ
いや、そうかもしれない。このセロは悪いんだよ。
とゴーシュはかなしそうに云いました。すると狸は気の毒そうにしてまたしばらく考えていましたが
狸の子
どこが悪いんだろうなあ。ではもう一ぺん弾いてくれますか。
ゴーシュ
いいとも弾くよ。
ゴーシュははじめました。狸の子はさっきのようにとんとん叩きながら時々頭をまげてセロに耳をつけるようにしました。そしておしまいまで来たときは今夜もまた東がぼうと明るくなっていました。
狸の子
ああ夜が明けたぞ。どうもありがとう。
 狸の子は大へんあわてて譜や棒きれをせなかへしょってゴムテープでぱちんととめておじぎを二つ三つすると急いで外へ出て行ってしまいました。

 ゴーシュはぼんやりしてしばらくゆうべのこわれたガラスからはいってくる風を吸っていましたが、町へ出て行くまで睡って元気をとりもどそうと急いでねどこへもぐり込こみました。

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