や、ヤバい…全然集中出来ないよ…!
私は目線は本へ落としながら、気持ちはしっかり翔くんの方へ向けていた。
翔くんは真剣な表情で読み進めている。
あ、翔くんって読むの速い…
つい漏らしてしまった私の尋ね声に、翔くんは視線を上げる。
その目が、ゆっくり私を捉えた。
おかしい。
翔くんの目が私を捕らえてそのまま離してくれない。
瞬き1つすることが出来ない中、私は金縛りにあったように固まっていた。
不思議そうに首を傾げた翔くんの声で、ようやく意識がはっきりとしてくる。
何、今の。
友達なんか1人もいないくせに何言っちゃってんの私…!
翔くん、絶対引いてるよね。
怖いもの見たさでちらりと翔くんの方をむくと、翔くんは何故か笑っていた。
翔くんは何を選ぶのかな。
文豪かな、現代作家かな。
そわそわしながら待っていると、翔くんはやっと決まったというように1つの書名を口にした。
人間失格、かぁ。
太宰治の傑作が、翔くんの好きな本なんだね。
それにしても…。
私は先程翔くんに言われた「俺たち、友達だよね?」と言う言葉に心拍が上がっていくのを感じていた。
……でも、私は翔くんの友達の中の1人なんだって思うと、複雑な気持ちになる。
なんでだろう…?
私はもやもやした気持ちを抱えて、再度、文学の棚へ向かった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!