栞さんは震えた声で名前を呼ぶ。
私も小さく声にならない声を上げた。
聞いた事のないくらい冷たい翔くんの声に身を縮ませる。
彼は、きっと今怒っている。
何が原因かは分からないけど、確実に。
栞さんは慌てたように言葉を紡いだ。
有無を言わせない翔くんの強い口調に誰も声を発さず黙り込む。
とんでもなく緊張した空気の中、神の助けともいえる出来事が1つ。
つまり、昼休み終了の予鈴が鳴ったのだ。
よ、良かった…!
いち早く栞さんがそう言って廊下を走り去って行く。
ちょ、ちょっと私を残していかないで…!
続いて走り出そうとしたが……走れなかった。
まだ冷たさは残るけどさっきより幾分優しくなった翔くんの声が私を制した。
いや、待って、気まずい気まずい…
慌てて彼の腕を引っ張りながら言う。
彼は渋々ながらも歩いていたけど、教室間際になってとんでもないことを言った。
そう言ったそばから翔くんはポカンとする私を置いてもうすぐ近くまで来ていた教室のドアを開いて「せんせー、体調悪いんで、芥川さんに保健室連れてってもらいまーす」と言って戻ってきた。
いやいや、おかしいでしょ。
お願い、このまま静かに教室に戻らせて…
そんな私の願いなんてありもしないように翔くんは私の手を引いて歩き出してしまった。
あぁっ、どんどん教室が遠ざかっちゃう…!
そう言われて言葉につまる。
確かに状況を客観視するなら私は体調不良者を保健室に連れて行っている1生徒。
怒られる要素がない…。
そう言って翔くんの額に触れる。
これは……
ーー
数十分後。
え、なんで私ここにいるの?
眼前には既視感のある建物。
私は何日か前に来たばかりの翔くんの家の前に立っていた。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。