何も説明してくれずに翔くんは前に進む。
掴まれた腕だけが熱くて、なんだか妙に心拍が上がってしまう。
翔くんは何も答えてくれない。
なんか私、怒らせた……?
何をしてしまったのか必死に記憶を辿っていると、ふいに翔くんが立ち止まった。
私がそう言うと、翔くんは少しだけ目を見開いてそれからその目を優しく細めた。
幼い時から友達が少なくて、人と関わる機会が極度に無かった私からすると、人の心なんて不透明で見えなくて。
だから透明で分かりやすい物語に逃げてしまっていたのかもしれない。
ダメだ……私、翔くんのこの目に弱い。
この、全てを見透かすような瞳。
透明すぎて時々怖くなる。
でも、ずっと見ていたい。
栞さんが羨ましいな。
翔くん、栞さんのことよく分かってるみたい。
口早にそう言って、私は翔くんに背を向けた。
これ以上ここにいると、黒い気持ちが頭の中を渦巻いて口から出てきてしまいそうだった。
分かってる。
これは、ただの嫉妬だって。
でも、醜い私の感情で、翔くんをがっかりさせたくなかった。
翔くんの戸惑った声を背に受けながら、私は図書室へ足を向けた。
気が付けば、考えてるのは翔くんの事ばかり。
こんなこと自体初めてで、何が正しくて何が不正解なのか分からない。
翔くんと栞さんは美男美女で誰が見てもお似合いだし、幼馴染だし。
小説の中だと絶対に付き合うオチの2人だから。
ずかずか入って行けないよ……
やっぱり諦めるべき?
でも、それはしたくない。
私の小さな呟きは、誰もいない廊下に反響して消えた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。