里奈は私の言葉に、すごく驚いていた。
眼鏡を外した徳真くんが、里奈に迫ってしまった事件があった日。
私はあの日、翔真くんに心を奪われたんだ。
* * *
その日は里奈が徳真くんに勉強を教えてもらう番だったから、私は翔真くんと一緒に帰ろうと、彼のクラスをたずねた。
すると翔真くんは日直だったのか、教室で一人、日誌を書いていた。
私は翔真くんの隣の席に座ると、
一生懸命日誌を書く彼の姿を、ぼんやりとながめた。
――数週間前、双子だからという理由で、
徳真くんと翔真くんの彼女に選ばれた。
形だけの彼女だけれど、その関係は、思ったよりも心地よいものだった。
これまで私に近づいてくる男子といえば、下心を持っている人ばかり。
優しくしてくれたと思えば、すぐに「彼氏いる?」とか、「付き合って」なんて言われる。
好意を寄せられて悪い気はしないけど、
どうせすぐ里奈に心変わりする人たちばかりだ。
ろくに話したこともないのに、見た目や雰囲気だけで告白される私は、中身がなくて、すぐに心変わりされてしまう。
その繰り返しに疲れ果てて、付き合うことも嫌になっていた。
翔真くんの声に、はっと我にかえる。
二人がモテるのはうなずける。
イケメンってだけじゃない。
徳真くんも、翔真くんも、
いつだって下心なんてまるでない、
心からの優しさを感じる。
普段とは違う、翔真くんの真剣な表情に胸騒ぎがする。
やがて翔真くんは穏やかな口調で、徳真くんの特異体質について話し始めた。
何度も驚きながら、ひと通り話を聞き終えると、私は興奮して言った。
くしゃっと笑った笑顔の裏で、いろんな苦労があったこともわかってしまう。
ストレートに言われて、心臓がドキッと跳ねた。
初めてわかり合えたうれしさで、
つい、心にしまっていたできごとが、口をついて出てきた。
そう言って、私は力なく笑った。
心配そうに見つめてくる翔真くんの表情に、
すっかり重い雰囲気になってしまったことに気づく。
翔真くんは、私の心を見透かしていた。
心の奥にしまい込んだはずの暗い感情が、
じわりとにじみ出てくるのがわかる。
私は無理やり笑ってごまかしたけど、
翔真くんは私をじっと見つめて言った。
誰も悪くないし、誰のせいでもないから。
誰にも言えないまま、私がガマンするしかなくて。
気がつくと、涙が一筋こぼれていた。
翔真くんは手を伸ばすと、私の涙を指でそっとぬぐった。
少しだけ触れた翔真くんの指から、
優しさが伝わってきて、ドキドキする。
言われてみればそうだ。
私は三上くんが好きで好きでしかたなかったけど、それは私だけだったのかもしれない。
鼻で笑った翔真くんにつられて、私も少し笑ってしまった。
翔真くんのおかげで、初めてあの時のことと、きちんと向き合えた気がする。
そう言って、翔真くんは晴れやかな笑顔を私に向けた。
――その瞬間、
ずっと動かなかった恋心が、動いた。
翔真くんが、言葉を失って私を見つめたから、はっとなる。
翔真くんはとまどいながら、うなずいた。
全身に火がついたように、恥ずかしさで熱くなる。
恥ずかしさでうつむくと、いきなり翔真くんに手首をつかまれた。
翔真くんは、うつむいた私をのぞき込むようにして言った。
顔を上げると、翔真くんはドキドキするほど顔を近づけて言った。
ドキドキしすぎて、頭が回らない。
意地悪な笑みを浮かべた翔真くんに、
抗うことなんてできない。
観念して首を横に振ると、翔真くんは私の額に優しくキスをした。
触れられた額が熱い。
やがて離れた翔真くんを見ると、彼は恥ずかしそうにはにかんだ。
いたずらっ子のような目をして、翔真くんは私の手を取る。
大きくて優しいその手に引かれて、私たちは一緒に教室をあとにした。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。