第2話

出張販売 :[ 黒い袋 ]#1
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2026/03/13 07:01 更新









夜の街は深く沈み、街灯の光は微かに揺れている。
釦はその影に溶けるように立ち、肩から斜めにかけた黒いバックがわずかに揺れる。
その中にはただの黒い袋に見えるが、中身は人知れず幸福を運ぶ肉。食べた者は現実の痛みから一瞬だけ逃れ、底知れぬ甘美に包まれるが、その幸福には微かな狂気が忍び込み、完璧すぎる世界に異質な違和感が混ざる。

段差に座る人影が見える。
何処からか拾ってきたのか、はたまた風が運んできたわからないくしゃくしゃの新聞にくるまり、背中を丸め、寒さに震えている男性を見つけた。
釦はゆっくり近づき、柔らかく、しかし確実に心に届く声で呼びかける。

「寒そうですね」

人影は顔を上げ、警戒と期待が混じった目で釦を見つめる。釦は微笑み、

「僕の上着、着てください。新聞だけじゃ。嘸かし寒かったでしょう。お腹は空いてますか?」

かすかに頷く相手に、釦は寄り添うかのように話を続ける。

「あゝ、本当に可哀想に。嘸かし寂しい思いをしていたでしょう。」

釦の問いかけに男性は微かに頷く。
釦はまるで自分もホームレスで苦労してきたかのように嘘をつらつら並べて話す。
ターゲットに少しでも自分に信頼を抱いて貰う為に嘘の経験談を並べるのがこの世界では暗黙の了解なのだ。
信頼を抱く瞬間を見計らい、黒い袋を取り出す。
まだ【 それ 】は生暖かい熱を持っており、この寒さを凌げる唯一の暖炉にも感じた。
【 それ 】を寒さで震えている男性の手にそっと置く。

「ほら、まずは腹いっぱいにしてください。お金は後でいいですよ。腹は減っては戦はなんたらですから笑
ほら、寒いのでしょう?熱が冷めてしまいますよ。」

相手の目に光が灯るのが見えた。
確信。



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彼の言葉は柔らかく、押し付けがましくない。

[ 俺はこんな女神みたいな優しいヤツも居るんだな ]
[ 世の中捨てたもんじゃないな ]

なんて呑気な事を思いながら袋を無理くり開けて、中に入っている肉を鷲掴みし口に運ぶと、一口、二口。
肩の力が抜け、背中が伸びる。
美味くもない。
かといって不味くもない味だったが久しぶりの飯だったので目の前にある肉を口に入れて、顎を動かし胃に入れる行為をひたすら繰り返す。
彼は俺が食べ終わるまで微笑んでいた。
寒さも空腹もわずかに和らぐ。

すると視界が柔らかく揺れ、街角の寒さと孤独から切り離された夢の世界が現れる。
あの鼻の奥をつんと刺す寒さもなく、暖かく、何故か安心する場所だった。
庭園のように広がる空間、少し歩くと黄金の果樹が風に揺れているのが見えた。
香りが濃密に漂う。
いつも耳障りだった鳥のさえずりは子守唄のようで
いつも踏まれるだけの草は、肌に吸い付くほど柔らかい。全てが心地よいのに、微かに狂気的な完璧さがある。果樹の近くへ着くと。花は人の顔の形に揺れているのが分かった。
この花を見て[ あぁ、あの肉。ハメられたな ]
なんて事を考えている自分に反吐が出る。
やっぱり自分は嫌いだ。
果樹へ手を伸ばし、果実を噛むと優しい甘さの中にざらりとした違和感が舌に残る。幸福の濃密さが胸の奥を押し広げる一方、微かな不穏さが底に沈む。
幸せな世界にいるはずなのに、ひとときな夢だとわかっているのに、何処か物足りないと思ってしまう俺はかなり欲深いのかもしれない。

[ はは… 情けないね ]

この独り言は誰にも届くはずが無い。
もう救いようも無く、引き返せなくなってしまったのだから。  


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釦は背後から静かに観察する。
寄り添うように立ちながら距離を保つ。
誰かを救おうとしているわけではない。
夢は幸福だが狂気を帯び、現実に戻れば
寒さと孤独が返ってくることを釦だけが知っている。


街角。
次のターゲットは段ボールに沈む
年配の男性。
目は虚で身形はとても綺麗と言えるもんじゃなかった。
釦は声をかける。決まり文句の上着。

[ あッ…ありがとう…ございますッ… ]

老人が泣き出す。
良い年して情けねぇななんて事を
心の奥底で吐きながら背中をさする。
その後も老人は泣いていた。
信用を抱いて貰えるよう極力寄り添い、否定はしない。
話を聞いて、欲しい言葉を出して相手を満たす。
相手は満足したような顔をするのを合図に黒い袋から
肉を手渡す。

[ 取り敢えず食べて、あったかくしましょう。]

やはり従順。騙され易い。



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目の前にいる若者と話すと、今まで満たされない気持ちが満たされるのがよく分かった。
若者はバックから黒い袋を取り出し、食べてと優しい言葉を掛けてくれた。お言葉に甘えて袋を開ける。
その心はまるで、子供の頃。誕生日で新しいおもちゃをプレゼントされた時のあのワクワクを思い出す。
肉を恐る恐る素手で掴む。
温かさが指先から肩まで伝わり、口に運ぶと視界が溶け、夢が始まる。

目が覚めると子供時代の田舎の家にいた。
暖炉の前で家族が集まり、柔らかな光が満ち
母の手作り料理の匂い、父の笑い声、
兄弟のはしゃぐ声が空間を満たす。

[ ほら☆☆☆。いつまで寝てるの ]

母の声で体を起こす。
嗚呼。やっぱりあの時の部屋だ。
母の温かい声は私を包んでくれる様だった。
あの寒さはもう感じない。
今はこの暖かさだけ。
体は子供の頃に戻っており、思い切り走って、思い切り笑った。子供の頃の様に無邪気に笑える、今がとても幸せに感じる。
忘れかけていた記憶がどんどん蘇る。
当たり前で気づかなかったこの幸せは今の私にとっては天国に思えた。
でもその幸せには期限があった事に私は気付いていなかった。
時間は歪み、壁や天井の色は絶えず変化する。
完璧な幸福の中に違和感が潜み、夢の中でさえ胸の奥にざらつく感覚が残る。
もっとここに居たいと思ってしまう私は愚か者だ。
少女が釦の前を通り過ぎる。
あの体の細さ。死んだ様な目。服の隙間から見える痣。釦は確信して声を掛ける。

「寒いでしょう。少しお腹に入れましょうか。食べれば暖かくなりますよ。」

少女は睨み、自分の弱さを隠そうとする素振りを見せたので、身長に言葉を選ぶ。

[ ほら、こんな若い仔ここであんま見かけないから心配になってね。]

なんて思っても無い言葉を少女へ掛けると、少女の視線の鋭さがなくなったのが分かった。

[ 相当辛かったんじゃ無い?それ。]

傷を指さして少女の表情を観察。
大体のラインを探る。
まだ踏み込める。

[ 僕でよければ話聞かせてくれないかな? ]

少女の身長に合わせる様にしゃがむ。
少女の瞳が揺れた。
お決まりのあの袋をバックから取り出す。
少女が袋を乱暴に受け取る姿に思わず笑みが溢れた。


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知らない人からもらったものはたべちゃいけない。
そんなことを、だれかがいっていた。
でもわたしはおなかがすいてたので
ふくろを、もらってしまいました。
きっとお母さんにおこられてしまうな
なんてことを、あたまのかたすみに、わたしは
お兄さんにもらったふくろをあける。
ふくろをあけると、キャンディーのようなあまいにおいが広がる。
フォークなんてものはないので、手でしんちょうに肉をつかみ、おとさないようにちゅういして口にはこぶと、
しかいがやわらかくゆがみ、体がふわりとうく。
ゆめの中、わたしは空にうかぶまちにいました。
わたしのよこをとおる人たちはおばけのようでふれると風のようにいなくなりました。

かぞくのわらいこえ。
しあわせなときのゆめ。
あのときのショートケーキの甘い香り。
××本のあたたかいろうそくのひかり。
ままのあたたかい手。
わたしはままのあたたかい手をにぎる。
するとままはにぎりかえしてくれました。
わたしはうれしくてままのおかおを見ます。
でもままのかおはくろいぐちゃぐちゃでいつもの
きれいな目が見えませんでした。

[ まま…?]

ぜんぶわたしのりそうどおりで、ぜったいこんごもこんなことがないってことはおさないわたしでもよくわかりました。わたしがまえにかいたりそうがこのせかいにはすべてつめこまれていておもわずはきけがしました。
あたまがぐるぐるしてすわりこみます。
ゆかにはまえにお母さんによみきかせしてもらった。
なんどもよんでよんでとせがんだ、あの本がゆかにおちていました。
いつからかよみきかせではなくどくしょにかわってしまったあの本が。
わたしはそっとめをとじました。
しあわせなゆめのつずきをみるために。


✴︎
✴︎


釦は静かに観察し、寄り添うようで
突き放す距離を維持していた。
例えターゲットが幼くても全て変わらない。
現実はたった一人のために優しい世界にはならない。
少女が眠ったのを横目に釦は次の街へ向かった。
夜が更け、街角を歩く釦。 
ホームレスごとに黒い袋から肉を手渡すたび、
視界は揺れ、時間は伸び縮みし、感覚は極端に濃密になる。甘美で安全な世界、しかし狂気を帯び、触れると消える光、果実のざらつき、揺れる影。
肉を食べると現実と夢の境界が揺れる。 
幸福感は極限まで高まり、底知れぬ不穏さが胸に落ちる。釦はそれを静かに観察する。
寄り添うようで突き放す。
誰も救わず、ただ一瞬の幸福と狂気を配る。

街灯が揺れ、影が長く伸びる夜。
釦は黒い袋をバックにしまい、次の街角へ歩みを進める。夢から覚めた人々の肩の奥、胸の奥には微かな温かさが残る。幸福は一瞬で消えるが、ざらつく余韻だけが夜風に漂う。釦の存在は影のように街に溶け、寄り添うようで突き放す冷徹さを誰も知らず感じる。

今日も夜の街角で、誰も知らない奇跡を配り続ける釦。黒い袋は空でも、夢の余韻は濃密に残り、幸福と狂気が混ざった街の夜。






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