ユウったら……口が酸っぱくなるまで忠告しとかないと。
ベッドの端に腰掛ける彼の前で仁王立ちした。
「帰っても無茶しちゃだめだからね」
「わかってるよ」
「ジムでのトレーニングはしばらくおあずけだからね」
「はいはい。まったく先生といい杏奈といい世話焼きの人ばかりだなぁ」
ツンと口を尖らかすユウ。
あ、かわいい。なんて、つい許してしまう私も甘いなぁと思う。
実際、退院が決まったとき、一番喜んだのは私だった。
だって、ようやくユウが家に帰ってくる。これからは毎日いっしょだと思うと胸が弾んだ。帰ったら思いきり甘えちゃおう。
彼との甘い生活に想いを馳せていると、ユウが立ち上がった。
「ほら、杏奈。会計も済んだし行こう。この部屋はもう懲り懲り」
「……うん」
ユウの荷物を肩にかけると、ドアに向かって歩き出した。病室を出る前、もう一度振り返った。
二ヶ月間、ほとんど毎日通った病室。薬品とユウの匂いがするこの部屋には思い出がたくさんある。
面会の終わる時間ギリギリまでユウといて、離れたくないなんて我ながら子どもみたいなことを言ったりもした。
帰り際、私はかならず彼にキスをした。ユウはいつも名残惜しそうな顔でエントランスホールまで見送ってくれて、帰りはかならずタクシーで帰るようにと念を押す。
そんなユウとのやりとりが二ヶ月間つづいた。甘酸っぱい日々ともお別れ。
……お世話になりました。
心の中でお礼を言うと背を向けた。
ユウという存在は、私の心の一部。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!