彼女は恥ずかしそうにしていた。横になっていた理由はわからないけど、可愛い反応が見れたので気にしないことにした。
彼女は、コーヒーを美味しいと言ってくれた。それに、懐かしい味がするとも。彼女の中にある味覚は、僕を記憶しているのかもしれない。
それから、彼女は、僕の両親をことを訊いてきた。僕は、ありのままの事実を伝えた。記憶を失う前、杏奈は僕の生い立ちや家族のことを訊いてこなかった。訊かなかったのではなくて、訊けなかったのだろう。
記憶を失う前、杏奈は言った。
「過去なんて、重要じゃないよ。今があればそれでいい」
たぶん、彼女なりの気づかいだったのだろう。彼女はなんとなく気づいていたのかもしれない。僕に身内と呼べる人間がいないことを。だから、こんな形で僕のことを杏奈に知ってもらうことができてよかった。
僕は、彼女がそばで笑っていてくれるだけで幸せだった。たとえ、記憶を失っていても。
おかわりの意向を確認したあと、僕は席を立った。彼女も、すぐに立ち上がった。
「岡田さん、お手洗い借りてもいいですか?」
「うん。つきたあたりを右にいって、それから」
「だいじょうぶです。知ってます」
意味がわからなかった。
「え?」
「え……ぁ、れ? わ、私、何言ってるんだろう。あはは、ごめんなさい」
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。