第107話

分岐点①
4,139
2019/04/17 12:11


 某大学病院。
 建物の入り口部にある広大なエントランスホール。あたりを見渡していると、遠くから声が聞こえた。
「杏奈」
 背中で受け、私は振り返る。彼は車椅子のひじ掛けから手を離すと、手のひらを私に見せた。
 グレーの病衣に身を包むユウ。あっちへ行こう、というように彼が外を指差す。私は笑みを滲ませると、そのほうへ踏み出した。
 気持ちのいい風がそよぐ穏やかな日だった。ユウは外の空気が吸いたいからと、病院内にある広大な芝生広場へ行った。
 ベンチに腰かける。彼はすぐ隣で車椅子にもたれかかるようにして、空を見上げていた。
 伸びてしまった髪をはやく切りたい。そう言うあなたの耳にかかる髪は、風になびいてとてもきれいだった。
 あの日の夜。救急車に乗せられると、ユウはそのまま入院した。あなたは、平気だと言った。けれど、そうじゃないとあとから知った。
 三箇所の肋骨骨折。重度の脱水。中等度の栄養失調。そして、足に負った三十針縫うほどの深い傷。
 男と対峙した夜。実はあのとき、サバイバルナイフがかすっていた。ユウは救急車が来るまで、私に隠していた。
「……ッ、ユ……っ、」
 血だらけの足を見て、言葉を失う私。自分の腕の骨が折れていることを忘れるくらいに驚いた。
「ちょっとかすっただけだってば。そんな泣きそうな顔しないでよ」

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