「さっきはどうも」
つい先ほどまでいっしょに飲んでいた男の人だった。
「な、んで」
「静かに。大声出したら殺すぜ?」
そう言って笑みを浮かべる手にはナイフ。身体がガタガタと震えだす。
駅からのアパートへ向かう途中、抜け道がある。そこを通ると、時間短縮になる。けれど、両サイドは山。人通りがほとんどなく真っ暗。何かあったときは、助けを呼べない場所だった。
私に限ってそんなことない。そんな根拠もないことを勝手に考えていた。我ながら、ばかだ。
「大人しくしてたら、殺さねぇから」
男の人はそう言うと、私に顔を寄せた。知らない人とのキス。ギュっと目を閉じて、されるがままキスを受けた。
「口を閉じんなよ」
「ッ……」
「そう、それでいい」
押さえつける力はとにかく強い。怖くてたまらなかった。
「やめて」
その言葉すらも震えてかすれた。
「会ったときから思ってたけど、いい身体してるよな」
服がゆっくりとあげられていく。背中に石があたって痛い。下着が丸見えになった。お気に入りの藍色のレースの下着。一昨日上下セットで買ったばかりのもの。
必死に抵抗した。けれど、やっぱりどうにもならない。ただ泣くしかなかった。
「っ……やだ」
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!