第130話

欠落②
3,212
2019/04/21 11:11


 十五年も前のことだ。きみはおぼえていないだろう。言うつもりもないけど。
「ユウ、そんなところでなにしてるの?」
 杏奈が部屋へやってきた。
「んーなにもしてないよー」
「ふーん、あ、ねぇ、今日行きたいところがあるんだ。双葉駅前にあるケーキ屋さん。すっごいおいしいんだって」
「いいね。行こうか」
「やった。じゃあ、支度してくるね」
 階段をおりていく軽快な足音。嬉しそうだ。僕は思わず肩を揺らした。
 最近、無性にきみを殺したくなる。寝ているときは特別、そんな衝動にかられる。その細い首に手をかけて、思いきり締めてしまいたい。
 きみという存在をだれにも奪われたくない。ならば、いっそのこと殺したほうが楽だろう。そうおもう僕は狂っているだろうか。
 日を追うごとに、僕の中にある自己抑制が欠落していくような気がする。
 杏奈に言っていないこと。それは僕の弱さ。
 僕は……ひとりになるのがこわい。
 かつて孤独であったあの頃。その頃を思い出すと、どうにかなりそうになる。いつか杏奈が愛想を尽かしてしまう日が来るかもしれない。
 そうなったら僕は……。
 …………。
 こわい。毎日の目覚めがこわくて堪らない。目覚めて、もし杏奈が隣にいなかったらと思うと僕はーー。
 いつか、ほんとうにきみを殺してしまうかもしれない。こんな僕だけど、そばにいてくれるかな。いや、いてもらわないと困る。
 だって僕には、きみしかいない。きみの心が移り変わろうと、僕には関係ない。きみは永遠に僕のものだ。
 ゆっくりと立ち上がると部屋をあとにした。

 可愛い可愛い杏奈。きみは、僕の檻の中。






次は『中で。』

プリ小説オーディオドラマ