……なんで、私この部屋を知っているの……? こわい……こわい。私……どう、して……。
「杏奈ちゃん」
振り返ると、岡田さんが立っていた。
「あ……」
「どうしたの?」
「え、ぁ、いや……」
「リビングわからなくなっちゃった? って、さすがに地下はないよ、杏奈ちゃん」
クスクスと笑う彼に、私も笑顔を作ってみせた。
「そ、そうですよねっ、私……どうしちゃったのかな。この家に来て、なんだかへんなんです」
「へん?」
「なんでだろう。私……この家を知ってる……気がするんです」
「え」
「ごめんなさい。こんなこと言って……コーヒー冷めちゃいますね」
私はその場をあとにした。コーヒーをおかわりして、それからすこし話してアパートへ送ってもらった。
自炊して、すこし休憩したあとシャワーを浴びた。テレビでも観ようかなとリモコンに手をかけた。けれど、やめた。電気を消して、ベッドへ入る。疲れているはずなのに眠れない。
帰りぎわ、岡田さんから抱きしめられた。私は、わけがわからず動けなかった。ただ、黙って抱擁する岡田さん。意味がわからない。
彼のことは、知らない。事件のあと出会って、それから、知った。
目覚めたとき、一度だけ、彼は私のことを杏奈と呼んだ。今はちゃん付けだけど。嫌じゃなかった。
でも、不思議だ。どうしてこんなに関わってくるのだろう。浩太くんの職場の先輩ってだけなのに。
そもそもどうして私は、浩太くんと仲がいいんだっけ? それすらも、思い出せない。
へんだ。なにか、へんだ。ここよりも、なぜあの家のほうが落ち着くのだろう。どうして懐かしいと思ってしまうのだろう。
キッチンの棚にあったペアのマグカップ。白と淡いブルーのシンプルなもの。あれはなんだろう。なぜ、あれを見て泣きそうになったんだろう。
なにか、ヘンダーー。私、なにかを忘れている。そんな気がして、ならない。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。