第203話

最後の①
2,612
2019/05/13 05:18


 いつか終わりがくるとしても、きみのそばにいたかった。
 真っ暗な空の下で、僕たちはすこしの間話した。と言っても、僕に力はほとんど残っていないし、起き上がることも困難だった。血で染まる僕を、杏奈はやさしく抱きとめていた。星のない空だった。ぼんやりと非常口を指す明かりだけが、辛うじて杏奈の表情を浮かび上がらせた。
「ユウ……ユウ……死なないで」
 泣きじゃくる杏奈。僕を抱きしめる杏奈の体温。温かい。
「ユウっ……ッ」
 あぁ、杏奈が僕をユウって呼んだ。
 記憶、もどったんだ。……よかった。
「わ、私、まだあなたに、……言いたいこと、が」
 僕も、言いたいこと、たくさんあるんだ。でも、今、全部伝えるのは難しいかな。声を出す力さえも残っていないんだ。
 ジムの帰りに声をかけられた。どこかで見たことがある、と思った。強烈な殺気。桜子の使用人ーー気づいたときには遅かった。
 自分の皮膚と肉と骨の断たれる音が、身体の中から聞こえた。痛みはあとから。それよりもさきに後悔がきた。
 あぁ、もっと神経を尖らせておけばよかった。近づいてくる気配に意識を配ればよかった。あのとき、殺しておけばよかった。桜子を捕まえたとき、あいつは殺しておくんだった。
 けれど、それも過去の話。
 使用人は……自ら……命を絶った。


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