いつか終わりがくるとしても、きみのそばにいたかった。
真っ暗な空の下で、僕たちはすこしの間話した。と言っても、僕に力はほとんど残っていないし、起き上がることも困難だった。血で染まる僕を、杏奈はやさしく抱きとめていた。星のない空だった。ぼんやりと非常口を指す明かりだけが、辛うじて杏奈の表情を浮かび上がらせた。
「ユウ……ユウ……死なないで」
泣きじゃくる杏奈。僕を抱きしめる杏奈の体温。温かい。
「ユウっ……ッ」
あぁ、杏奈が僕をユウって呼んだ。
記憶、もどったんだ。……よかった。
「わ、私、まだあなたに、……言いたいこと、が」
僕も、言いたいこと、たくさんあるんだ。でも、今、全部伝えるのは難しいかな。声を出す力さえも残っていないんだ。
ジムの帰りに声をかけられた。どこかで見たことがある、と思った。強烈な殺気。桜子の使用人ーー気づいたときには遅かった。
自分の皮膚と肉と骨の断たれる音が、身体の中から聞こえた。痛みはあとから。それよりもさきに後悔がきた。
あぁ、もっと神経を尖らせておけばよかった。近づいてくる気配に意識を配ればよかった。あのとき、殺しておけばよかった。桜子を捕まえたとき、あいつは殺しておくんだった。
けれど、それも過去の話。
使用人は……自ら……命を絶った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!