第86話

玩具②
8,218
2019/04/12 05:12


 何度か引いてみたけれど、ビクともしない。
 触れるのが無理でもーー。
 私は顔をあげた。
「ユウ、ねぇ、聞こえる?」
 ユウに語りかけるように、それでも、はっきりとした口調で声をかけた。
 私の声を聞けば、彼は絶対正気を取り戻してくれる。そう期待をこめた。
「私! 杏奈よ? わかるでしょ?」
 うつむいたままのユウ。反応はない。ユウの虚ろな表情が暗がりに浮かび上がった。
「ユウ、助けに……来たんだよ。捕まっちゃったけど……でも、ユウがいればだいじょうぶだよね? ユウ、強いもんねっ」
 ユウはなにも言わない。ぼんやりと床を眺めている。それでも、私は諦めなかった。
「ねぇ、ユウがいない間、掃除大変だったのよ」
 なんども声をかけた。
「あなた、綺麗好きだから、一生懸命がんばったんだからね。帰ってきたら驚くよ」
 目の周りが熱くなってきた。
「褒めてよ……帰ったら……褒めてよね」
 次第に声も震えてくる。
「……ユウ、聞いてる?」

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