何度か引いてみたけれど、ビクともしない。
触れるのが無理でもーー。
私は顔をあげた。
「ユウ、ねぇ、聞こえる?」
ユウに語りかけるように、それでも、はっきりとした口調で声をかけた。
私の声を聞けば、彼は絶対正気を取り戻してくれる。そう期待をこめた。
「私! 杏奈よ? わかるでしょ?」
うつむいたままのユウ。反応はない。ユウの虚ろな表情が暗がりに浮かび上がった。
「ユウ、助けに……来たんだよ。捕まっちゃったけど……でも、ユウがいればだいじょうぶだよね? ユウ、強いもんねっ」
ユウはなにも言わない。ぼんやりと床を眺めている。それでも、私は諦めなかった。
「ねぇ、ユウがいない間、掃除大変だったのよ」
なんども声をかけた。
「あなた、綺麗好きだから、一生懸命がんばったんだからね。帰ってきたら驚くよ」
目の周りが熱くなってきた。
「褒めてよ……帰ったら……褒めてよね」
次第に声も震えてくる。
「……ユウ、聞いてる?」
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!