第87話

玩具③
7,690
2019/04/12 11:21


 泣きそうだ。でも、今は泣いたらだめだ。うつむいてぐっと堪えると、ふたたび前を向いた。
「ユウ! お願いっ、目を覚まして!」
 そのときだった。
 ガチャ。
「うるさいわねぇ」
 ドアの向こうから桜子が現れた。彼女は、私の前までスタスタと歩んでくると、仁王立ちで見下ろした。
 昼間の彼女とは違う。影のかかる彼女の顔は、ひどく不機嫌だった。
 身体が震える。恐怖で潰されそうだ。
「ったくなんなの? せっかくユウとふたりきりにしてあげたっていうのに、もう少し落ち着いて話せない?」
「そ、そんなのできるわけないっ、ユウっ、聞こえてるんでしょ? 目を覚ましてっ」
「静かにしてってば」
「ねぇ、ユウ! 返事してっ」
「だから……うるさいっ」
 パンっ!
 瞬間、頬に衝撃を受けた。桜子の平手打ち。
 驚き桜子を見上げた。見下すような彼女の視線。
「もう、我慢できない。あんたねぇ、ほんっと……ムカつくのよ」
 怒りに満ちた彼女の顔。人間とは思えないほど恐ろしい形相だった。
 それからは、拷問とほぼ同じだった。殴られたり蹴られたりの繰り返し。

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